17:長き夜が明けて
「シグルス……!」
「うわっ!?」
ブルックの家のドアを開けたシグルスを待っていたのは、家主の熱い抱擁。
目覚めていたエイミたちからシグルスがいること、これから合流することを聞いていたのだろう。ブルックは涙目で鼻をすすりながらシグルスの背中をぽんぽんと叩いた。
「よく、無事で帰ってきてくれたなぁ……」
「ブルック隊長……?」
「陛下をお救いできたことも聞いた。これからディフェットが元通りになるってことも。けど今は、こうしてお前が帰ってきてくれたことが一番嬉しいよ」
サックスブルーの潤んだ瞳が真っ直ぐに見つめると、傍目から見てもわかるくらいに、シグルスの全身が硬直した。ややあって、そっとブルックを引き剥がし、
「…………くすぐったい、です」
愛に慣れない青年は、赤くなった顔を背けながら、そう抗議した。
「お城に来ないよう足止めしてた神官さんは?」
「さっき帰られました。途中からブルックさんが神官さんのお悩みを聞く側に回っていて……泣きながら、お礼を言ってましたよ」
『なんだかすごい光景だったわね……』
神官は人の悩みを聞くのも仕事のひとつだ。だから足止めのためにブルックはあることないこと悩みを聞かせながら家に連れ込んでいったのだが、次第に相槌を打つことが多くなり、ついには神官の方が悩みを打ち明けていたのだという。
ブルックの人柄がなせるわざなのか……気難しそうなシグルスとの関係性を見る限り、そうなのかもしれないとモーアンは思った。
「ひとまずこれで一件落着かな。明日に備えて今日はもう寝よう」
「明日には王様と謁見かぁ……オレこういうの初めてだから緊張するなぁ」
「わたしも、他の国の王様は初めてです……!」
実際に会うのは明日だというのに今から背筋を伸ばす若者たちが微笑ましくて、年長者たちが目を細める。
「こんな若者が国を救っちまうんだからすげえよなあ」
ぽつり、ブルックがそうこぼす。
感慨深げに、嬉しそうに。けれどもその裏に、もうひとつ。
「……ブルックさんも、その一員に入りますよ」
「え?」
モーアンの瞳が、それを見透かしたかのように静かに煌めいた。
「貴方が最初にシグルスを信じて動いた。それに、僕たちのことも……貴方が正気でい続けてくれたから、僕たちに事情を話して手伝ってくれたから、この結果に繋がったんです」
ディフェットの人々の大半は通りすがりの旅人であるモーアンたちに非協力的で、排他的になっていた。
精霊の力を借りられても、城に侵入する方法に辿り着くには時間がかかっただろうし、こんなにうまくいかなかった可能性も高い。
「そのとおりだ隊長。だから何もできなかったみたいな顔をするな」
「…………」
毎日のように人々の間で起こる諍いが大きくならないように仲裁に入った。だけど険悪な雰囲気は変わらなかった。
牢に入れられた人々が厳罰を受けないよう、苦痛でないよう、できる限りの配慮をした。けれど牢から出してやることはできなかった。
自分ひとりの力では……無力感に苛まれ、壁を殴りつけてしまうときもあった。
「あんたが俺を信じてくれた。そのお陰だ」
無駄じゃなかった。変わり果ててしまった国の惨状に何もできず、心を痛めてばかりの日々も。
じわ、と涙が滲みそうになった目元を慌てて拭い、ブルックは笑顔で取り繕う。
「はは、いつの間にか立派になっちまってまあ」
照れ隠しにわしゃわしゃと黒髪を撫でるブルック。やめろと言いながらその手を払わないシグルスに、エイミたちから笑いが起こった。
「うわっ!?」
ブルックの家のドアを開けたシグルスを待っていたのは、家主の熱い抱擁。
目覚めていたエイミたちからシグルスがいること、これから合流することを聞いていたのだろう。ブルックは涙目で鼻をすすりながらシグルスの背中をぽんぽんと叩いた。
「よく、無事で帰ってきてくれたなぁ……」
「ブルック隊長……?」
「陛下をお救いできたことも聞いた。これからディフェットが元通りになるってことも。けど今は、こうしてお前が帰ってきてくれたことが一番嬉しいよ」
サックスブルーの潤んだ瞳が真っ直ぐに見つめると、傍目から見てもわかるくらいに、シグルスの全身が硬直した。ややあって、そっとブルックを引き剥がし、
「…………くすぐったい、です」
愛に慣れない青年は、赤くなった顔を背けながら、そう抗議した。
「お城に来ないよう足止めしてた神官さんは?」
「さっき帰られました。途中からブルックさんが神官さんのお悩みを聞く側に回っていて……泣きながら、お礼を言ってましたよ」
『なんだかすごい光景だったわね……』
神官は人の悩みを聞くのも仕事のひとつだ。だから足止めのためにブルックはあることないこと悩みを聞かせながら家に連れ込んでいったのだが、次第に相槌を打つことが多くなり、ついには神官の方が悩みを打ち明けていたのだという。
ブルックの人柄がなせるわざなのか……気難しそうなシグルスとの関係性を見る限り、そうなのかもしれないとモーアンは思った。
「ひとまずこれで一件落着かな。明日に備えて今日はもう寝よう」
「明日には王様と謁見かぁ……オレこういうの初めてだから緊張するなぁ」
「わたしも、他の国の王様は初めてです……!」
実際に会うのは明日だというのに今から背筋を伸ばす若者たちが微笑ましくて、年長者たちが目を細める。
「こんな若者が国を救っちまうんだからすげえよなあ」
ぽつり、ブルックがそうこぼす。
感慨深げに、嬉しそうに。けれどもその裏に、もうひとつ。
「……ブルックさんも、その一員に入りますよ」
「え?」
モーアンの瞳が、それを見透かしたかのように静かに煌めいた。
「貴方が最初にシグルスを信じて動いた。それに、僕たちのことも……貴方が正気でい続けてくれたから、僕たちに事情を話して手伝ってくれたから、この結果に繋がったんです」
ディフェットの人々の大半は通りすがりの旅人であるモーアンたちに非協力的で、排他的になっていた。
精霊の力を借りられても、城に侵入する方法に辿り着くには時間がかかっただろうし、こんなにうまくいかなかった可能性も高い。
「そのとおりだ隊長。だから何もできなかったみたいな顔をするな」
「…………」
毎日のように人々の間で起こる諍いが大きくならないように仲裁に入った。だけど険悪な雰囲気は変わらなかった。
牢に入れられた人々が厳罰を受けないよう、苦痛でないよう、できる限りの配慮をした。けれど牢から出してやることはできなかった。
自分ひとりの力では……無力感に苛まれ、壁を殴りつけてしまうときもあった。
「あんたが俺を信じてくれた。そのお陰だ」
無駄じゃなかった。変わり果ててしまった国の惨状に何もできず、心を痛めてばかりの日々も。
じわ、と涙が滲みそうになった目元を慌てて拭い、ブルックは笑顔で取り繕う。
「はは、いつの間にか立派になっちまってまあ」
照れ隠しにわしゃわしゃと黒髪を撫でるブルック。やめろと言いながらその手を払わないシグルスに、エイミたちから笑いが起こった。