17:長き夜が明けて

 悪夢から脱出した時、モーアンとシグルスは王の寝室で目を覚ました。
 ベッドから起き上がったもののまだ朦朧としていた王にこれまでのいきさつを話すと彼は驚いていたが、ありがとう、とただ一言モーアンたちに告げる。

「……疑わないのですね」
「朧げだが夢の中のことも覚えておる。悪魔がひたすらにわしを苦しめ続けていたこと、そこに駆けつけて、戦ってくれた者たちのことを……」

 頭が重く痛むのだろうか、王は俯き、額に手をあてていた。
 その顔は酷くやつれたものだったが「それに」と顔を上げた瞬間、瞳に鋭い光が宿る。

「シグルス、お前の忠誠心はよく知っている。よくぞわしを……ディフェットの人々を助けてくれた」
「陛下……」
「今夜はもう遅い……わしも少し休もう。お前たちも一度帰りなさい」

 そう言って王は翌日の昼に謁見の約束をし、それまでに国の誤解を解いておくと僅かに微笑む。
 自身は長い間悪魔に蝕まれていたというのに、強い王だ……モーアンは一連のやりとりからそう感じた。

「あ……陛下、ひとつだけ」

 これにて一件落着かと思われた直後。寝室を出ようとしたモーアンの背後で、ふいにシグルスが言葉を発した。

「どうした?」
「城に侵入する際、手引きしてくれた少女がいます。彼女はこの城の地下牢に囚われたミズベリアの王子の救出が目的でした」

 ここに来る前にブルックから聞いた話の中に、悪魔の術にかかりきっていない正気の人間が何人か地下牢に入れられたというものがあった。
 そして、その中にはミズベリアからやって来た王子らしき人物も……シグルスはそのことを言っているのだろう。

「他にも、あらぬ嫌疑をかけられて牢に入れられた者がいると聞いています」
「……わかった。すぐに彼らを解放し、王子にも明日来てもらおう」

 シグルスが離れてからというもの、この国は不安と疑心暗鬼に駆られ、荒みきっていた。
 術に惑わされていたとはいえ、無実の民と異国の王子を……事情を把握した王は、はぁ、と重い溜息を吐いた。

「では最後に、神官らしく癒しの魔法と祈りを陛下に」
「ああ、助かる」

 モーアンは跪くと聖なる種子の力を使い、僅かに残る呪いの痕跡を完全に消し去る。
 心なしか王の顔色に赤みが戻り、呼吸も楽なものへと変わった。

「すごいな……こんなに楽になるとは」
「では、陛下。今宵はお休みくださいませ。詳しい話はまた明日……」
「ああ。苦労をかけたな」

 そうして外に出ると、空はすっかり夜の色に染まっていた。
 ひとまずは仲間たちがいるブルックの家に集まることにしたモーアンが、ひと仕事を終えた達成感と解放感から大きく伸びをした。

『町中に渦巻いていた嫌な気が消えたな。これで住民たちも正気に返るだろう』
「そうしたらシグルスもお尋ね者じゃあなくなるんだよね?」
「……そうかもしれないが、差別の対象というところは変わらないだろうな」

 そんなものだ、とシグルスが吐き捨てる。
 それでもどこか嬉しそうなのは、長年守ってきた町が元の姿に戻りつつあるからか。

「ブルック隊長の家……久し振りに入るな」

 長旅で少し汚れたフードつきのマントの襟元を、ぎゅっと掴んで。
 シグルスの声は、ほんの少しだけ弾んでいるように聴こえた。
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