16:自分だけの剣

 薄暗く澱んだ悪夢の迷宮は不安定さからか時折ぐにゃりと歪み、今踏みしめている地面すら危うくさせる。
 呪われたディフェット王の夢の中にエイミたちを送り込み、精神体でも現実の肉体と変わらない感覚で動けるようにしてくれた闇精霊の力がなければ、まともに進むことも困難だっただろう。

『ホントにブキミなところね……長くいたらこっちまで参っちゃいそう』
「陛下はこんなところに長い間閉じ込められて……くっ、俺があの時悪魔の正体に気づいていれば……!」

 そこに壁があれば、きっと激しく殴りつけていただろうシグルスの自責の声が空間内に響く。
 いいえ、とエイミが静かに首を横に振った。

「貴方が駆けつけなければ、そもそも王様は殺されていたかもしれないのでしょう?」
「そうだぜ。それに、あんな奴がいるなんてこの平和な時代に誰が想像できたかよ?」
「そうだよシグルス。危険を承知で王様を助けに戻ってきた、それだけで今は充分じゃないか」

 順々にかけられる優しい言葉を受けてもなお、シグルスは俯いて拒むように目を伏せる。
 だがそれも一瞬で、顔を上げた彼はエイミたちを睨みつけた。

「そんなもの……陛下をお助けできなければ意味はない。そんなぬるい考えで、足手まといになるなよ」
「んなっ!?」

 驚きと怒りに目を見張り、口をぱくぱくさせるフォンド。
 それに対してモーアンとミューは和やかに傍観していたが……

「……足手まといかどうかは、これから判断していただきます」

 スッと進み出て、少しだけ上にある目線にしっかりとあわせて。
 敵意もなく、怒りでもなく。エイミは真っ直ぐにシグルスを見つめ返す。

「なに?」
「エ、エイミ……?」

 そして、呆気にとられる二人を前に、一拍おいて微笑んだ。

「あまり王様をお待たせしてはいけません。行きましょう、シグルスさん!」
「あ、ああ……」

 凛と背筋をのばし、清らかな川の流れのような水色の髪をたなびかせながら、前を向いて歩きだす。
 これにはシグルスも思わず気圧されて、ぽかんと口を開けっ放しだったフォンドが、慌てて彼女を追いかけた。

「なんか、エイミって時々すごく強いよな」
「そうですか?」
「こないだも思ったけど……なんつーか、お姫様みたいだ」
「ふぇっ!? き、気のせいでしょう!」

 動揺で声を裏返らせてしまうところは、もういつものエイミに戻ってしまっているが……

(本当よ、エイミ。さっきのアナタ、まるでパメラ様みたいだったわ)

 ずっと隣でエイミのことを見ていたパートナーの竜は、先程の姿に女王である彼女の姉を重ねていた。
 甘えたきりではなかったとはいえ、いつも傍に強く偉大な姉がいたエイミはずっと“女王の妹”でしかなかった。
 突然全てを奪われ、外の世界に放り出されて、旅の竜騎士を名乗って。そうして始まった旅路は、確実に少女を成長させていた。
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