15:王都潜入作戦

 王の夢の中だという世界は薄暗く足元も不安定な迷宮だった。
 ブルックの家で人生相談と称して神官を引き留めていたエイミたちも合流し、闇精霊から聞いて事情を把握した。
 今頃ブルックの家では時間稼ぎのため家主が今も熱い相談を繰り広げていることだろう。

「まさかシグルスさんもいるなんて……よろしくお願いします」
「へへ、また一緒に戦えるな!」
「おい、町の手配書を見ただろう? そんな簡単に俺を……」

 エイミはぺこりと頭を下げ、フォンドは笑顔で手を振る。
 あっさりと受け入れられた事実に戸惑い、シグルスが思わず後ずさる。

「ブルックさんからお話は伺っています。騎士団の隊長にあんなに信頼されているあなたを、疑う必要はないでしょう」
「お尋ね者の身なのに、王様が心配で危険な城にひとり乗り込んじまうぐらいだしな」
「……!」

 この世界では忌み嫌われる赤い目が、大きく見開かれた。
 震える唇をギュッと引き結び、シグルスは彼らの眩しさに背を向ける。

「別に、一緒に行動するとは言っていない。俺は俺で行動して……」
『我の案内に従え。今の貴様らは生身ではない精神体だ。もし下手に迷い込んだりここで死んだりすれば、現実世界で目を覚ますことがなくなるぞ』
「…………」

 ここは現実世界ではない夢の中だ。現実の常識が通用しない場所での単独行動は、どう考えても危険だろう。
 明らかに分が悪いと悟ると小さく舌打ちをし、不機嫌な仏頂面で仕方なく一行に加わった。

『どこかに王がいるはずだ。そしてその近くに、呪いの根源もあるだろう』
「早く陛下を救い出して、こんな所さっさと出るぞ!」
「うん、そうだね」

 青年の照れ隠しを察知したモーアンが笑いを堪えながら頷く。
 境遇から本能的に人を遠ざけてしまうシグルスには、エイミやフォンドのあたたかさ、真っ直ぐさがどうにも慣れないのだ。

『なんともデコボコなメンバーねぇ』
「きみも僕も含めてだよ。わかってる?」
『やぁね、今更じゃない』

 最初の頃はつんけんしていたミューも、今ではすっかり慣れた様子でモーアンと共に微笑ましくシグルスを見守っている。

「さて、ぼちぼち行こうぜ。コクヨウ、案内頼むわ」
『ああ。しっかりついて来るのだぞ』

 闇精霊は小さな身体を紫色に発光させ、ふよふよと飛んでエイミたちを先導する。
 夢の中は闇の領域。自分に着いてくれば迷いはしないだろうと言いながら。

「行きましょう、シグルスさん!」
「……ああ」

 見れば見るほどグロテスクで、悍ましい悪夢の迷宮。こんな空間に長時間閉じ込められた王の苦しみは如何ほどだろうか。
 シグルスの眉間に皺が集まり、ぎり、と小さく歯軋りをする。
 だが、長く息を吐き出したあと、彼は怒りに囚われない澄みきった瞳で前を見据えた。

(陛下、どうかご無事でいてください。ハーフエルフの俺を重用してくださった御恩、必ずお返しします……!)

 決意の騎士の足取りは、しっかりと踏み締めるように。
 エイミたちと出会った彼の胸の奥底には、小さな光が灯ろうとしていた。
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