14:不信に染まる町

「少し前に王様が何者かの襲撃を受けてな。シグルスはその犯人に仕立て上げられたんだ」
「えっ……!?」

 思わず声があがりそうになり、モーアンは咄嗟に口を噤む。
 屋内とはいえ、声の大きさには気をつけた方がいい。騎士団隊長が一介の旅人にこんな話を聞かせているなどと、今のディフェットの空気で周りに知られるのは危険だろうから。

「犯人は姿を自在に変えることができたらしい。シグルスに化けて王を襲い、また別の者の声でシグルスの仕業だと触れ回り、姿を消した」
「姿を自在に……」

 幽霊船で戦った悪魔が、まさしく変身を得意としていた。
 そして倒した時に言い遺した“イルシー”という名から、仲間らしき他の悪魔の存在が示されている。

「シグルスはこの国の騎士だが、少なからず差別を受けるハーフエルフでもある。それを知っていた上で罪を被せ、人々の疑心を煽ったんだろう」
『なんてヤツなの……!』

 ハーフエルフは希少な上に瞳の色という一目でわかる特徴があり、だからこそエイミもフォンドも彼がそうだとすぐにわかった。
 そんなシグルスがこの国を離れたこと、顔がわからないようにフードを被っていたことには仕方のない事情があったのだ。

「僕たちは似たようなやり口の相手と戦ったことがあります。人の負の感情を“澱み”と呼び、糧とする悪魔……恐らくはその仲間です」
「澱み……確かシグルスも、そんな言葉を聞いたと言っていたな。悪魔って、千年前のあの悪魔か……」

 モーアンの言葉を受け、ブルックは髭を生やした顎に手を置いてしばし考え込む。
 少し前ならおとぎ話だと笑い飛ばしていたかもしれないが、今は状況が違う。隊長とはいえ騎士ひとりの力ではお手上げの異常事態続きで、とてもじゃないが冗談だとは言えなかった。

「陛下が未だ目覚めないのも、悪魔の力にあてられたからだろうか……?」
「えっ、ずっと眠ったままなのかよ?」
「ああ。傷自体は治っているというのに、だ。昼も夜も眠り続け、時折魘されているらしい。陛下は目覚めず、シグルスは戻らないまま。そうして人々はシグルスだけでは飽き足らず、いつしか互いに疑いの目を向け始めた」

 ブルックの話では、王の顔色は日に日に悪くなっているという。
 国の主の危機に、犯人は捕まらない状態……民の不安は募るばかりで、行き場のない感情がますます城下町の空気を悪くしているのだろう。
 幽霊船の時と同じく、ここは悪魔によって“澱み”を集めやすい環境にされてしまったのだ。

「陛下は意識を失う寸前に悪魔が変身した偽物と、本物のシグルスの姿を見ていたらしい。もし目覚めればシグルスの無罪を証明してくださるかもしれない。そうすれば……あいつはこの町に帰って来ることができるはずなんだ」

 帰る場所がないなんて、つらいからな。
 ブルックは俯き、静かにそう呟く。

「ブルックさん……シグルスのこと、大切なんだな」
「ただの部下ってだけじゃないからな。親心のようなものもある」

 今この場にはいない青年の顔を思い浮かべながらそう語るブルックの優しく細められた目には、慈しむような愛情の光が宿っていた。

『なるほど……この男が悪魔の支配から逃れているのは、それゆえか』
『芽生えた疑念を膨らませ、心を支配した……おおよそそんなからくりじゃろうかのう』
『差別の意識を利用して、か……いけ好かねえやり方だぜ』

 闇、光、地。精霊たちのひっそりとした一言は、当人の耳には届かない。
 醜く増幅されたとはいえ、もとは人々の心の奥底にあった小さな芽。
 どうにもやるせなくなったエイミは、悲痛に口を引き結び、胸元に置いた手を握り締めた。
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