14:不信に染まる町

 ディフェットの城下町は定期的に観光客が訪れるからか、よく舗装された石畳と広場のあちこちを飾る色とりどりの花壇が華やかな印象を与えている……はずなのだが、どことなく花たちの元気がない。
 花の手入れをするような精神状態ではないのだろうそれが、ディフェットの現状そのものに見えた。

「あんま住人が出歩いてねえな。うろついてるのは見回りの騎士ばっかだ」
「そうですね……あら?」

 ふと、辺りを見回していたエイミが見つけたものは、お知らせや連絡に使われる町の掲示板。
 そこに貼られていた一枚のポスターに、おそるおそる近寄る。

「これ、シグルスさん?」

 肩までのさらりとした黒髪に、ハーフエルフの証である赤い眼。すっきり整った顔立ちは美形の部類に入るが、どうにも仏頂面の青年の人相書きがそこにあった。

「お尋ね者って書いてあるけど……知り合い?」
「実は旅の途中で会ったことがあって……」

 港町リプルスーズと魔法都市マギカルーン。どちらの時もその場にいなかったモーアンは、うーんと唸りながらポスターを見つめる。
 と、そこに……

「あんたたち、シグルスを知っているのか?」
「え?」

 ふいに背後からかけられた声に一行が振り返ると、サックスブルーの髪を後ろに撫でつけた立派なガタイの壮年騎士が驚いた顔をしていた。
 彼はエイミたちに一歩近寄ると、周りを窺いながら声を潜める。

「と、とりあえずちょっと、うちに来てくれないか?」
『なによアンタ?』
「ミュー、言う通りにしたほうがいいわ。この方は……他の人たちとは違うみたい」

 まばらに出歩く住民も巡回の他の騎士も、背中を丸め、顔に落ちる影は濃く、目からは輝きが失われたようだった。
 そんなディフェットに来てようやく、血の通った人間と出会えた――エイミたちは壮年騎士を前に、そう感じていた。

「ありがとう、お嬢ちゃん。俺はブルック。ディフェット騎士団で隊長をしている」
「わたしはエイミといいます。こちらはパートナーのミュー」

 それぞれに自己紹介を済ませると、一行はブルックの家へと移動した。
 彼はどうやら一人暮らしらしく、騎士団の隊長が暮らしているとは思えない小さな一軒家はやや散らかって、生活感に溢れている。
 何もないところですまないな、と言いながらブルックは小さなテーブルに三人分のお茶を用意した。

「……それで、シグルスとはどこで?」
「中央大陸のリプルスーズと、しばらく後に南大陸のマギカルーンでも会いました」
「リプルスーズじゃ町が魔物に襲われる騒ぎがあってよ、それで一緒に戦って町を守ったんだぜ」

 エイミとフォンドはそう言うと、ブルックの目を真っ直ぐに見上げた。

「町の人々のために戦った彼が、お尋ね者なんて思いもしませんでした」
「ぶっきらぼうで変な奴だけど、悪人には見えなかったぜ?」

 ブルックは一瞬、虚を突かれたような表情をする。次いで、眉尻が下がり、口許が僅かに緩む。

「いい友達になれそうじゃねえか……」
「?」
「いや、なんでもない。あいつがお尋ね者呼ばわりされてるのには訳があってな。まぁ、早い話が冤罪なんだが」

 ぎゅ、とブルックの拳に力が入る。
 彼は沈痛な面持ちで、この町の現状を語り始めた。
3/4ページ
スキ