14:不信に染まる町
騎士王国ディフェット。
頑強な城壁と騎士団に守られて、魔物や外敵の侵入を許さないというその入口は、門番の冷ややかな目をもってエイミたちを迎えた。
「……旅人か?」
「あっ、はい」
少し尋ねられただけなのに、どきりとエイミの心臓が鳴る。
それほどまでに門番たちの声は暗く、重苦しい響きをもっていた。
「ふぅん……? 剣術大会もないこんな時期にねぇ」
ひとりひとり、隅々まで値踏みするような目。門番であれば出入りする者の見極めは当然なのかもしれないが、妙な不快感をおぼえた。
今のディフェットは何かおかしい――先程の男の言葉が蘇る。
「何か、あったのですか?」
エイミの声が鋭く、毅然としたものに変わる。相棒のミュー以外ここにいる誰もが彼女の本当の身分を知らないが、それは王族たる気品と静かな気迫をもって。
それまでじろじろと不躾な視線を向けていた門番が、蒼穹の瞳に僅かにたじろいだ。
「た、旅の者に話すほどのことではない。妙な気は起こすなよ」
「はい。それでは、失礼しますね」
優雅に一礼して歩き去るエイミの後ろで、門番に向かってミューが思いっきり舌を出す。
城下町に入ってしばらくして、一行は盛大に溜め息を吐いた。
『嫌な感じだな……』
そう呟いたのは、エイミたち以外には存在を隠している闇精霊だった。
「ああ。なんかピリピリしてやがる」
『昏い疑念が渦巻いている。この国全体が、まるで“澱み”を集める器と化したかのようだ……我の知るこの国は、そのような地ではなかった筈だ』
幽霊船で対峙した悪魔の言葉が、フォンドとモーアンの脳裏に蘇る。
「堅牢を誇るディフェットの門番があんなものだとは思えないね」
「わたしもそう思います。どこか正気でないような……」
コクヨウの言う通り、城下町の雰囲気もどことなく重々しく、時折トゲのある視線を感じる。
「この町は定期的に剣術大会を開催していてね。他国からも見物客が訪れて、売店なんかも出たりして年々賑やかになって、今はお祭りみたいになっているんだって」
『そんな町のフンイキとは思えないわ。いっそ、悪魔の仕業でみんなおかしくなっているだけだと……そう信じたいわね』
これが普段のディフェットの状態だとは思いたくない。ミューの呟きは皮肉めいているが、一行の心は同じだった。
「……それにしてもエイミ、さっきはなんかカッコよかったな!」
「えっ?」
「門番の態度に対してだよ。なんかビシッとしててさ、あいつタジタジだったし見ててスカッとしたぜ」
空気を変えようとフォンドが笑顔で話題を振る。
エイミは門番の圧に呑まれまいと半分無意識でしたことだが、日頃おっとりした彼女から戦闘時とはまた別の強さが垣間見えたのはフォンドにとって印象的なものだった。
「そうそう。まるで高貴なお姫様みたいな」
「!」
どきーん。門番とのやりとりの時よりも大きく、エイミが動揺する。
本名エルミナ・クゥ・ドラゴニカ。旅の都合で身分を隠しているが、みたいもなにもドラゴニカのお姫様なのだ。
「あっ、えっ、そのっ……姉っ……女王様のマネをしてみただけっ、です……!」
『そ、そうそう! そんなお姫様が旅とかしてるワケないじゃない!』
「へ? そりゃそうだろ」
声を上擦らせ、慌てて誤魔化すふたり。
どうにかやり過ごしたあとで、エイミとミューは大きく脱力した。
(そうだった……今のわたしはふたりに嘘をついているんだったわ)
胸をちくりと刺す罪悪感。もしも本当の身分を明かしたところで、ふたりの態度は変わってしまうのだろうか……そう思うと、エイミはふと悲しくなる。
(それでも、いつかちゃんと話さなくちゃ)
けれども、まだ、もう少し。
いつの間にか居心地良く感じ始めた彼らの傍に“旅の竜騎士エイミ”として――そっと、そう願うのだった。
頑強な城壁と騎士団に守られて、魔物や外敵の侵入を許さないというその入口は、門番の冷ややかな目をもってエイミたちを迎えた。
「……旅人か?」
「あっ、はい」
少し尋ねられただけなのに、どきりとエイミの心臓が鳴る。
それほどまでに門番たちの声は暗く、重苦しい響きをもっていた。
「ふぅん……? 剣術大会もないこんな時期にねぇ」
ひとりひとり、隅々まで値踏みするような目。門番であれば出入りする者の見極めは当然なのかもしれないが、妙な不快感をおぼえた。
今のディフェットは何かおかしい――先程の男の言葉が蘇る。
「何か、あったのですか?」
エイミの声が鋭く、毅然としたものに変わる。相棒のミュー以外ここにいる誰もが彼女の本当の身分を知らないが、それは王族たる気品と静かな気迫をもって。
それまでじろじろと不躾な視線を向けていた門番が、蒼穹の瞳に僅かにたじろいだ。
「た、旅の者に話すほどのことではない。妙な気は起こすなよ」
「はい。それでは、失礼しますね」
優雅に一礼して歩き去るエイミの後ろで、門番に向かってミューが思いっきり舌を出す。
城下町に入ってしばらくして、一行は盛大に溜め息を吐いた。
『嫌な感じだな……』
そう呟いたのは、エイミたち以外には存在を隠している闇精霊だった。
「ああ。なんかピリピリしてやがる」
『昏い疑念が渦巻いている。この国全体が、まるで“澱み”を集める器と化したかのようだ……我の知るこの国は、そのような地ではなかった筈だ』
幽霊船で対峙した悪魔の言葉が、フォンドとモーアンの脳裏に蘇る。
「堅牢を誇るディフェットの門番があんなものだとは思えないね」
「わたしもそう思います。どこか正気でないような……」
コクヨウの言う通り、城下町の雰囲気もどことなく重々しく、時折トゲのある視線を感じる。
「この町は定期的に剣術大会を開催していてね。他国からも見物客が訪れて、売店なんかも出たりして年々賑やかになって、今はお祭りみたいになっているんだって」
『そんな町のフンイキとは思えないわ。いっそ、悪魔の仕業でみんなおかしくなっているだけだと……そう信じたいわね』
これが普段のディフェットの状態だとは思いたくない。ミューの呟きは皮肉めいているが、一行の心は同じだった。
「……それにしてもエイミ、さっきはなんかカッコよかったな!」
「えっ?」
「門番の態度に対してだよ。なんかビシッとしててさ、あいつタジタジだったし見ててスカッとしたぜ」
空気を変えようとフォンドが笑顔で話題を振る。
エイミは門番の圧に呑まれまいと半分無意識でしたことだが、日頃おっとりした彼女から戦闘時とはまた別の強さが垣間見えたのはフォンドにとって印象的なものだった。
「そうそう。まるで高貴なお姫様みたいな」
「!」
どきーん。門番とのやりとりの時よりも大きく、エイミが動揺する。
本名エルミナ・クゥ・ドラゴニカ。旅の都合で身分を隠しているが、みたいもなにもドラゴニカのお姫様なのだ。
「あっ、えっ、そのっ……姉っ……女王様のマネをしてみただけっ、です……!」
『そ、そうそう! そんなお姫様が旅とかしてるワケないじゃない!』
「へ? そりゃそうだろ」
声を上擦らせ、慌てて誤魔化すふたり。
どうにかやり過ごしたあとで、エイミとミューは大きく脱力した。
(そうだった……今のわたしはふたりに嘘をついているんだったわ)
胸をちくりと刺す罪悪感。もしも本当の身分を明かしたところで、ふたりの態度は変わってしまうのだろうか……そう思うと、エイミはふと悲しくなる。
(それでも、いつかちゃんと話さなくちゃ)
けれども、まだ、もう少し。
いつの間にか居心地良く感じ始めた彼らの傍に“旅の竜騎士エイミ”として――そっと、そう願うのだった。