14:不信に染まる町

 南大陸を出発して西大陸へまっすぐ向かうはずだった定期船は、ヒトの負の感情を喰らう悪魔――人魔封断時代から復活した脅威によって操られた幽霊船に引き寄せられ、動くことができなくなった。
 死者から生み出された魔物だらけの幽霊船では、その動きを封じ込めていた闇の精霊コクヨウと出会う。
 悪魔を倒し、闇の精霊とも契約を果たし……エイミたちの旅の舞台は、西大陸へと移るのだった。

『ふぅん、思ったほど暑くないわね?』

 辺りを見回し、ミューが呟く。西大陸には酷暑の砂漠があるという話だが、降り立った辺りは草原地帯のようだ。
 北大陸と比べれば気温はやや高いが、南とそう変わらない。

「砂漠地帯はかつて人魔封断時代に火の災禍が暴れ回った影響と、火の精霊の住処が近いことでそうなったらしいよ。近づいてきたら、一気に暑くなるかもね」
「精霊の存在が気候や自然に影響を及ぼす……ドラゴニカもそうだと聞いたことがあります」

 本で得た知識を並べるモーアンの言う通り、騎士王国ディフェットを過ぎてミズベリアに近づけば、この景色も変わっていくのだろう。
 乾いた風に髪をなびかせながら、エイミは街道の先に視線をやった。
 うっすらと見える、町を囲む城壁。騎士王国ディフェットまではそうかからないだろう。
 そうして街道をしばらく歩き続けると、疲れた様子の旅人が向こうからやってきた。

「あ、あんたら、ディフェットに行くのか……?」

 きょとん。エイミたちは揃って、男の様子を不思議がる。

「そうだけど、どうしたんだ?」
「今のディフェットは何かおかしい。近寄らないほうが身のためだぜ……それじゃあな」
「あっ、ちょっと……!?」

 男はそれきり振り向きもせず、さっさと港へ向かっていく。
 城壁に囲まれたディフェットと、その奥にそびえ立つ城もだいぶはっきり見えてきたが、それだけでは男の言う「何かおかしい」様子は伺い知れない。

『なんか、ヤなカンジね』
「ディフェットで何があるってんだ?」

 一行の中に、ディフェットを訪れた経験のある者はいなかった。
 話に聞くのは、城下町ごと囲むあの城壁と王に仕える騎士団のお陰で、鉄壁の守りを誇る国だということ。
 エイミたちが唸っていると、闇の精霊がするりと顔を出した。

『……異常事態が起きているという事は、人魔封断時代の勢力が関わっている可能性も高いという事だ』
「今までがそうでしたね……」

 ルクシアルの森では光の精霊ディアマントが“穢れ”を流しこまれ、魔物に。魔鉱石の洞窟では魔界の扉が開き、魔物が溢れた。
 そしてこのコクヨウがいた幽霊船は、人の負の感情を糧とする悪魔によって暴走し、新たな犠牲者を求めて定期船を引き寄せていた。

「なんにせよ、気をつけたほうがいいだろうね」

 強固な守りを誇るディフェットの城塞が、今はどことなく不気味に見える。
 モーアンは杖の柄を握り締め、じっと先を見据えるのだった。
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