はじまりの章:竜国の姫君
「一体、どうなっているの!?」
襲い来る魔物を槍で薙ぎ倒し、貫き。どうにか道を作りながらエルミナは叫ぶ。
見慣れた廊下は魔物で溢れ、右も左も、どちらに逃げれば良いのかわからない状態だ。
『まさか、そんな……』
「ミュー、わかるの?」
『ううん、ハッキリとは……でも、たぶんそう……生まれるずっと昔の時代のヤツだけど……』
歯切れ悪く呟くミューをよそにもう一体、飛び掛かってきたところを回し蹴りで浮かせ、すかさず串刺しに。日頃の鍛錬の成果が、こんな形で出るなんて……そう思いながら、静かになった廊下でエルミナは溜め息をついた。
「落ち着いて、ゆっくりでいいから。わかることを教えて」
『……あのね。上の階から“魔物よりずっと強いヤツ”の気配がするのよ』
魔物よりずっと強いヤツ。
濁した言い方だが、それが何を指しているのかはエルミナにもわかる。
「魔物を率いて現れた、魔物より強い者……魔族、なのね」
『有り得ないわ! だって千年も昔に魔界ごと封印されてっ……!』
「今起きている状況が答えよ、ミュー」
誰もが知っている“おとぎ話”の存在が現実に現れ、ドラゴニカを侵攻している。認めたくはないが、そう考えて行動せねばならないだろう。
その時、上に繋がる階段からドタバタと騒がしい足音がおりてきた。
武装した女性――竜騎士が数名、血相を変えてやってきたのだ。
「エルミナ様!」
「姫様、ご無事で!」
彼女たちの竜は狭い城内では戦えない。そんな中でお互いの無事にひとまず安堵する。
「ええ。貴女たちも、よかった……」
「上の階は危険です。下へお逃げください!」
「上?」
先程ミューが感じた気配は間違いではなかった。そう思った次の瞬間……
「パメラ様が時間を稼いでくださっております。今のうちに早く!」
「姉様が!?」
話を聞くなり彼女たちが来た階段を駆け上がろうとするエルミナの細い腕を、竜騎士のひとりが慌てて掴む。
「は、放して!」
「いけません姫様! 我々も足手まとい……格が違うのです!」
「そうです! 本当は我々だって……!」
必死の説得にハッと我に返る。今ここで退かざるをえなかった彼女たちだって無念を堪えてきたのだ。王女たる自分がそれを酌めなくてどうするのか、と。
「……そう、ですね。わたしは未熟な竜騎士……感情に任せて、姉様の想いを無駄にしてしまうところでした」
『…………』
その言葉に辛そうに表情を歪ませるのは、彼女のパートナーであるミュー。
日々努力を重ね、着実に成長していたエルミナに未熟と言わせてしまったのは、自分が竜として覚醒していないから……それを誰よりもよくわかっていた。
「ひとまず下へ逃げましょう。外に出れば、竜とも合流できます。各国へ助けを求めることだって……」
「それが……我々の竜と連絡がとれないのです。呼びかけても、返事がありません」
「なんですって?」
竜騎士はパートナーの竜と通じ合える。ある程度離れていても、心での会話が可能なはずなのだが……
「早く……早く外へ!」
「「はいっ!」」
気になることはあれど、まずは安全を確保しなくては。
他の階で戦っていた者や避難していた非戦闘員などと合流しながら、エルミナたちは下を目指した。
(姉様……どうか無事で……!)
一同は涙を堪え、生き残りを引き連れて外に出る。
彼女たちの清く健気な祈りは、しかし……
「遅かったなぁ。雑魚がどれだけ必死に逃げ延びるかと思ったが」
ぞわ、とエルミナとミューの肌が粟立つ。
この男だ。空から降ってきた不遜な声にふたりは確信した。
「魔族……!」
エルミナがそう呟くと、角を生やした男はフンと鼻を鳴らす。
「そのとおりだ、脆弱な人間の小娘。我が名は魔界の王、ガルディオ」
「姉様は、女王パメラはどこ!?」
「パメラ……あの女の妹か。あれは人間にしてはなかなかやる。下手な魔族より強いかもしれなかったな」
こんなことを言いながら一人で姿を見せたこと、そして余裕の顔……答えなんて、わかっていた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるこの魔族に、エルミナの憧れだった強く気高い姉は負けたのだろう。
「貴様ぁぁぁぁっ!」
『エルミナ、だめぇっ!』
ミューの制止もきかず槍を構え、猛スピードで突撃しようとしたエルミナだったが、
「え……っ」
目の前に竜たちが現れ、立ちはだかる。
彼らは確かに、城の竜騎士たちのパートナーだったのに。
「どういうこと……」
「なに、やたらと抵抗をするから捻じ伏せてやっただけだ。ただの駒のくせに、パートナーなどと笑わせる」
「トパーズ! ねぇ、嘘でしょ!?」
「おねがい、返事をしてリリー!」
数十体、ガルディオを守るようにぐるりと囲む竜たちの目はどれも虚ろで、光が消えている。正気ではないのだろうか、仲間の呼びかけにも応えない。
「人間なんぞに寝返った裏切り者に挽回の機会を与えてやろう。そいつらを、蹴散らせ」
ガルディオの声に反応して、手前側の数体がおもむろに動き出す。
バサ、バサッと聴き慣れた翼の音が、今は恐ろしく感じられた。
「嘘……」
『みんな逃げて! エルミナ、動いてっ!』
呆然と立ち尽くすエルミナの手袋に噛みついて、逃げるのを促すように引っ張るミュー。
絶望する竜騎士や民たちにも、彼女の悲痛な高い声は届いた。
「一匹逃していたか。まぁ、雑魚と変わらん子竜など駒にもならんな」
『!』
「まあいい。あの女王に免じて他の雑魚どもは逃がしてやろう。人間界が滅ぶさまを、己の無力さを呪いながら見ているのだな!」
ガルディオは高笑いしながら、楽しげに竜をけしかけ、逃げ惑うドラゴニカの民を眺めていた。
まるで、ほんの余興。ちょっとしたゲームでも楽しむかのように……
襲い来る魔物を槍で薙ぎ倒し、貫き。どうにか道を作りながらエルミナは叫ぶ。
見慣れた廊下は魔物で溢れ、右も左も、どちらに逃げれば良いのかわからない状態だ。
『まさか、そんな……』
「ミュー、わかるの?」
『ううん、ハッキリとは……でも、たぶんそう……生まれるずっと昔の時代のヤツだけど……』
歯切れ悪く呟くミューをよそにもう一体、飛び掛かってきたところを回し蹴りで浮かせ、すかさず串刺しに。日頃の鍛錬の成果が、こんな形で出るなんて……そう思いながら、静かになった廊下でエルミナは溜め息をついた。
「落ち着いて、ゆっくりでいいから。わかることを教えて」
『……あのね。上の階から“魔物よりずっと強いヤツ”の気配がするのよ』
魔物よりずっと強いヤツ。
濁した言い方だが、それが何を指しているのかはエルミナにもわかる。
「魔物を率いて現れた、魔物より強い者……魔族、なのね」
『有り得ないわ! だって千年も昔に魔界ごと封印されてっ……!』
「今起きている状況が答えよ、ミュー」
誰もが知っている“おとぎ話”の存在が現実に現れ、ドラゴニカを侵攻している。認めたくはないが、そう考えて行動せねばならないだろう。
その時、上に繋がる階段からドタバタと騒がしい足音がおりてきた。
武装した女性――竜騎士が数名、血相を変えてやってきたのだ。
「エルミナ様!」
「姫様、ご無事で!」
彼女たちの竜は狭い城内では戦えない。そんな中でお互いの無事にひとまず安堵する。
「ええ。貴女たちも、よかった……」
「上の階は危険です。下へお逃げください!」
「上?」
先程ミューが感じた気配は間違いではなかった。そう思った次の瞬間……
「パメラ様が時間を稼いでくださっております。今のうちに早く!」
「姉様が!?」
話を聞くなり彼女たちが来た階段を駆け上がろうとするエルミナの細い腕を、竜騎士のひとりが慌てて掴む。
「は、放して!」
「いけません姫様! 我々も足手まとい……格が違うのです!」
「そうです! 本当は我々だって……!」
必死の説得にハッと我に返る。今ここで退かざるをえなかった彼女たちだって無念を堪えてきたのだ。王女たる自分がそれを酌めなくてどうするのか、と。
「……そう、ですね。わたしは未熟な竜騎士……感情に任せて、姉様の想いを無駄にしてしまうところでした」
『…………』
その言葉に辛そうに表情を歪ませるのは、彼女のパートナーであるミュー。
日々努力を重ね、着実に成長していたエルミナに未熟と言わせてしまったのは、自分が竜として覚醒していないから……それを誰よりもよくわかっていた。
「ひとまず下へ逃げましょう。外に出れば、竜とも合流できます。各国へ助けを求めることだって……」
「それが……我々の竜と連絡がとれないのです。呼びかけても、返事がありません」
「なんですって?」
竜騎士はパートナーの竜と通じ合える。ある程度離れていても、心での会話が可能なはずなのだが……
「早く……早く外へ!」
「「はいっ!」」
気になることはあれど、まずは安全を確保しなくては。
他の階で戦っていた者や避難していた非戦闘員などと合流しながら、エルミナたちは下を目指した。
(姉様……どうか無事で……!)
一同は涙を堪え、生き残りを引き連れて外に出る。
彼女たちの清く健気な祈りは、しかし……
「遅かったなぁ。雑魚がどれだけ必死に逃げ延びるかと思ったが」
ぞわ、とエルミナとミューの肌が粟立つ。
この男だ。空から降ってきた不遜な声にふたりは確信した。
「魔族……!」
エルミナがそう呟くと、角を生やした男はフンと鼻を鳴らす。
「そのとおりだ、脆弱な人間の小娘。我が名は魔界の王、ガルディオ」
「姉様は、女王パメラはどこ!?」
「パメラ……あの女の妹か。あれは人間にしてはなかなかやる。下手な魔族より強いかもしれなかったな」
こんなことを言いながら一人で姿を見せたこと、そして余裕の顔……答えなんて、わかっていた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるこの魔族に、エルミナの憧れだった強く気高い姉は負けたのだろう。
「貴様ぁぁぁぁっ!」
『エルミナ、だめぇっ!』
ミューの制止もきかず槍を構え、猛スピードで突撃しようとしたエルミナだったが、
「え……っ」
目の前に竜たちが現れ、立ちはだかる。
彼らは確かに、城の竜騎士たちのパートナーだったのに。
「どういうこと……」
「なに、やたらと抵抗をするから捻じ伏せてやっただけだ。ただの駒のくせに、パートナーなどと笑わせる」
「トパーズ! ねぇ、嘘でしょ!?」
「おねがい、返事をしてリリー!」
数十体、ガルディオを守るようにぐるりと囲む竜たちの目はどれも虚ろで、光が消えている。正気ではないのだろうか、仲間の呼びかけにも応えない。
「人間なんぞに寝返った裏切り者に挽回の機会を与えてやろう。そいつらを、蹴散らせ」
ガルディオの声に反応して、手前側の数体がおもむろに動き出す。
バサ、バサッと聴き慣れた翼の音が、今は恐ろしく感じられた。
「嘘……」
『みんな逃げて! エルミナ、動いてっ!』
呆然と立ち尽くすエルミナの手袋に噛みついて、逃げるのを促すように引っ張るミュー。
絶望する竜騎士や民たちにも、彼女の悲痛な高い声は届いた。
「一匹逃していたか。まぁ、雑魚と変わらん子竜など駒にもならんな」
『!』
「まあいい。あの女王に免じて他の雑魚どもは逃がしてやろう。人間界が滅ぶさまを、己の無力さを呪いながら見ているのだな!」
ガルディオは高笑いしながら、楽しげに竜をけしかけ、逃げ惑うドラゴニカの民を眺めていた。
まるで、ほんの余興。ちょっとしたゲームでも楽しむかのように……