13:悪魔の呪縛

 暗雲で覆われた夜空の下、今は静かに凪いだ海が、逆に不気味に感じられる。
 幽霊船を支配していた小悪魔が、僅かに漏れる月光を背負い、フォンドとモーアンを見下ろした。

『ここに残る魂を手下に変え、のこのこやって来るマヌケな船を引き寄せて、襲わせて……それを繰り返すだけでカンタンに“澱み”が集まるハズだったのによぉ……』

 可愛らしくも見える悪魔はその顔を醜く歪めて苛立ちをあらわにしている。
 その間に小さな体はごきりごきりと音を立てて形を変え……

『イルシー様に怒られちまうじゃねぇか、食糧どもめッ!』

 黒煙がぶわっと渦巻いて小悪魔の姿を隠したかと思えば、次の瞬間それは巨大な蛇に変わっていた。
 さすがに客船からも見えてしまったのか、うわぁと声があがる。

『クケケ……そうだよこれだよ! 人間どもの恐怖、絶望! 最高に美味ぇ“澱み”が集まってくる!』

 先が割れた舌をチラつかせながら大蛇は嗤うが、ややあって客船を見遣り、怪訝そうに眉間にシワを寄せた。

『なんだァ? 澱みが流れてこねぇ……船に張られた結界のせい……テメェらの仕業か!』
「へっ! よくわかんねぇけど、残念だったな!」
『キィィ! どこまでもジャマしやがって……テメェらも死んでも終わらねえ苦痛の無限ループに落としてやる!』

 見上げるほどの大蛇が挑発したフォンドにずいっと迫り、牙を剥く。

「こっちだ、こっち!」

 素早く飛び退いたフォンドが煽りながらモーアンから離れ、蛇の注意を一身に引きつけた。
 身軽な彼はエイミがいない分も派手に動き回る。後衛からある程度引き離したと思ったところで身を翻し、反撃に転じて。

『ちょこまかとウザってえ! 逃げてばかりの弱虫が!』
「おっとそいつぁ聞き捨てならねえ。そろそろ相手してやるよ!」

 振り向いた体勢から踏み込み、相手の懐へ。噛みつこうとした蛇の顎を真上へ蹴り上げる。

『ぐおっ……!』

 ぐらり、大きな頭が仰け反る。すかさず胴体へ連打を叩き込むが、最後の一撃は目標が黒煙にかわり、空振りを起こした。

「っと!?」
『図体がデカいのも考えもんだな……これならどうだ!』

 今度はコウモリへと変身し、空からフォンドの頭上へ襲い掛かる。

「げっ……!」

 先程の大蛇ほどではないが人間ほどの大きさのコウモリがもつ爪は鋭く、素早い動きでフォンドの上半身に何度も切り傷をつくった。

「くっそ、やりにくいぜ……っ」

 エイミがいれば、という言葉をフォンドは咄嗟に呑み込んだ。彼女も客船で乗客たちを守る役割を任されている。
 それなら自分も、と忙しなく飛び回り定まらない標的を見据えた。

「聖なる光よ、裁きに集え!」
「!」

 と、離れた位置からのモーアンの声に、咄嗟に半歩飛び退く。
 タイミングを合わせるように光が悪魔のもとへと集まり、その身を焼いた。

『ギャアァ!』
「相手はフォンドだけじゃないよ。飛び回っても当ててやるさ」
「モーアンさん……!」

 苦戦するフォンドに向け、モーアンが笑いかける。
 普段の気の抜けた彼からかけ離れた頼もしい笑顔が「君はひとりじゃない」と告げていた。
2/4ページ
スキ