13:悪魔の呪縛

 南から西大陸に向かうはずだった定期船が幽霊船に引き寄せられ、身動きがとれなくなってからかなりの時間が経過した。
 暗雲に覆われた空はますます暗くなり、全く移動する気配がない船の乗客たちから、ちらほらと不満や不安の声があがり始める。

『みんな不安がっているわね……あまり長引くとまずいわ』
「そうね。わたしも助けに入りたいけど……」

 幽霊船に乗り込んだフォンドとモーアンが甲板に戻ってきて、何やら戦闘しているのは結界越しに感じ取っていた。
 ふたりが戦っている相手はもちろん、結界を張ってから周りをうろつく悪霊も見えない。
 恐らく乗客の恐怖を和らげるため、意図的に外の様子を遮断しているのだろうが……今すぐにでも様子が知りたいエイミとミューには、逆に歯痒いものだった。

『どうやら“悪魔”が関わっているようだな』
「あ、ガネットさん!」
『あいつらは恐怖や絶望、憎しみ……負の感情を“澱み”と呼び美味そうに啜る悪趣味な連中だ。だから外を見えなくしたのは正解だぜ』

 地の精霊ガネットが現れ、エイミたちに状況を説明する。
 千年前に世界を乱した存在のひとつ。誰もが聞き覚えのある“人魔封断”のおとぎ話が、今は現実となっている。

「ますます事態が大きくなっていますね……」
『だからこそレレニティアはおめえらに種子を託した。ヒトだった頃と違って、今のあいつは自由に動けねえからな』

 精霊が直接この世界で力を振るえないように、女神も同様なのだろう。
 ガネットの話を聞きながら、幽霊船で戦う仲間たちをじっと見つめるエイミだったが……

「ねえねえ、誰かと話してるの?」
「ひゃっ!?」

 そちらに注意を向けすぎて背後からの声に驚いてしまう。
 振り向けば、金髪に褐色肌が特徴的な小柄な少女がニッと白い歯を見せて人懐っこく笑いかけていた。

(気配が薄い子……足音もわからなかったわ。この子は確かリプルスーズで……)

 中央大陸の港町リプルスーズでの昼間の出会いと夜の騒動。昼は町中で曲芸を披露し、路銀を稼いでいた太陽のような少女が夜の魔物襲撃事件ではダガーを手にその高い身体能力で舞うように魔物たちを翻弄し、戦っていた。

「お姉さん、リプルスーズで会っためちゃつよな竜騎士さんだよね? アタシはサニー。ちょっとワケありで旅してる正義の味方だよ!」
「あっ、わたしはエイミ。こっちがミューです」
『正義の味方?』

 きょとんと首を傾げるミューを見上げ、サニーは笑う。

「そ。そんで正義の味方はこんなところで立ち止まってる場合じゃないんだけど……エイミおねーちゃん、何が起きてるか知ってる?」
「!」

 真っ直ぐな人参色の瞳は懐に潜りながら何かを見透かそうとしていた。
 エイミはどきりとしながらも一旦考え、そして視線を幽霊船のほうへ戻す。

「……何かが起きている最中です。ただ、あちらにはわたしたちの仲間がいます」

 きっとこの少女に誤魔化しはきかないだろう。
 怖がらせないように、混乱を拡げないように。選びながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

「仲間?」
「はい。ですから……もう少しだけ、信じて待っていてくれませんか?」

 わたしも、信じているから。
 にっこりと微笑むエイミは、まるでそう言っているようだった。
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