12:幽霊船

 朽ちた船には悪霊が形を成した魔物だけでなく、かつて生者だった肉体の成れの果て……いわゆるアンデッド系の魔物の姿もあった。
 こちらは直接攻撃が通じるものの、耐久力が非常に高く、そしてしつこい。
 崩れ落ちながら尚も犠牲者を求めるその姿は恐ろしくもあり、痛々しくもあった。

「これは……ずっといたら参ってしまいそうだね」
「ど、同感だぜ。元は人間だったと思うと余計にやりづれえな」
「やっぱり早く大元を探すしかないか……」

 と、フォンドは道具袋をごそごそと漁り、小さな木の実をモーアンに手渡した。
 見た目は何の変哲もないありふれたナッツ類に思えるが、こんな陰惨な場所でおやつということはないだろう。

「これは……リリの実?」
「モーアンさん、攻撃魔法も扱えるようになっただろ? オレも必要になったし、出発前に買っておいたんだよ」

 魔法を扱うための魔力や気力を回復させる“リリの実”。少し値が張るが多くの道具屋で取り扱いがあり、特に魔法をメインに扱う者たちの必須アイテムだ。
 モーアンの光魔法は強力で、ここの魔物には特に効果が高いのだが、回復魔法が必要な時だってある。あまり頼り過ぎると消耗が激しく魔力切れを起こしてしまう。
 ナッツを口に含み、ポリポリと音を立てて噛むと香ばしさと油のまろやかな甘みが広がり、消耗した魔力が満たされた。

「ありがとう。助かるよ」
「オレもモーアンさんの魔法に助けられてるしな。それじゃあ、船室をもっと調べてみようぜ」

 いくつかある船室はやはりどれもボロボロで、時には潜んでいた魔物に取り囲まれ、戦いを強いられたりもした。
 そうやって辿り着いた船長室らしき部屋では、航海の最中に力尽きたのか机に突っ伏した骸骨が二人を迎える。

「ここも何もなさそうかな……」

 モーアンはそっと目を瞑り、死者の魂の安らぎを祈る。
 その瞬間、白い火の玉がゆらりと現れた。

「ぎ、ぎゃーっ! 出たぁー!」

 堪らず悲鳴をあげ、モーアンに飛びつくフォンド。
 一瞬にして肩の位置まで飛び上がる跳躍力は、さすがと言えるものだ。

『出たとはなんじゃ。いつも通りのらぶりーディアじいちゃんじゃぞ!』
「な、なんだよ、紛らわしいな……」

 人魂かと思われたそれはすっかり旅に馴染んだ光精霊だったのだが……人魂と大差ない見た目のため心臓に悪いのは事実である。

『まったく……それより、コクヨウ。いるんじゃろ?』
「「コクヨウ……?」」

 突然ディアマントが呼んだその名前に、二人の声がハモる。
 すると今度は黒い闇の塊がゆらめき、姿を見せた。

『騒がしき気配だ……我が名を呼ぶ者は、ディアマント……貴様か』

 低く淡々とした声音は男性のものに思えた。翼が生えた闇の中心にはランタンのように淡い光が灯り、生物なのかどうかもわからない。どことなく、ディアマントとは対になった見た目をしている。

「もしかして、闇の精霊……なのかい?」
「まさか幽霊船が住処だなんて……」
『此処は我の本来の居場所ではないがな。悪魔に荒らされ悪霊が暴走したこの船を、放っておくことはできなかった』

 悪魔というワードを耳にして、ふたりの顔色が変わる。
 この世界において“悪魔”とは、千年前の“人魔封断”の時代に人々を苦しめた存在。恐怖、怒り、憎しみ、苦しみなど負の感情を糧とするため、それらを人間界で集めようとしていた者たちのことだ。

「悪魔は千年前に倒されたはずじゃあ……」
『他にそういった存在が復活している話を聞いてないわけではなかろう? 少し前から悪魔どもも活動を再開しているようだ』

 幽霊船が生者の船を引き寄せ、捕らえたこと。船内で活発化した悪霊やアンデッドたち。そして、悪魔が好むもの。
 まさか、と口にしたモーアンの顔から一気に血の気が引く。

「彷徨う魂を悪霊に変え、苦しめて、更に生者を引き入れさせて……そこで生み出される苦痛を、糧にしようというのか!?」

 杖を握る手にぐっと力がこもる。
 日頃温厚な彼の声音は、かつてないほど怒りに震えていた。
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