12:幽霊船
ぎし、ぎしりと朽ちた木が音を立てる。
辺りを飛び回る火の玉はディアマントとは違い、顔も温かみもない。
生者の気配がない船内は昼間だというのに真っ暗で、窓や船体に開いた穴から射し込む陽、そして火の玉が、かろうじて光源となっている状態――まさしく“幽霊船”と呼んで差し支えないだろう。
(ランタンを借りられて良かったな……)
手元の魔法道具の光で照らしながら進むモーアンが今回は頼りになる存在となっているのは、年長者や神官としての経験があることや、悪霊系の魔物が苦手とする光魔法の使い手だから……だけではない。
「モーアンさぁん……あ、あんま先に行かないでくれよぉ」
船の乗客を守るためにエイミとミューを残し、フォンドとモーアンが残骸の船を探索することになったのだが……
日頃威勢の良いフォンドが今は見る影もなく、いつになく情けない声をあげ、震える手でモーアンにしがみついている。
「フォンド……もしかして、オバケが怖いのかい?」
「こっこここここ怖くねぇよ! ただ……」
ガタッ!
「どわっはァーーーーッ!」
「うわっ、ちょっと!?」
フォンドは反射的に音がした方に蹴りを放った。
悪霊型の魔物は一瞬それをすり抜けるが、時間差で蹴りがめり込み吹っ飛ばされる。
モワモワと昇り、消えていく炎……解放された魂に、モーアンは静かに祈りを捧げた。
「あ、あれ……当たった?」
「そうか……今の僕たちには聖なる種子の力が……」
へ、と間の抜けた声をあげるフォンドに、モーアンが説明を始める。
「悪霊系の魔物は実体がないのに近い状態だから、通常攻撃は効果が薄いはずなんだ。けど、きらめきの森と同じ要領で魔物が纏う気を攻撃すれば浄化できそうだよ」
心臓が暴れ回っているのだろう胸を押さえ、完全に腰が引けた様子のフォンドを見て、優しく微笑みかける若き神官。
「彼らはね、現世に留まる魂に何らかの影響があって変異したものなんだ。アマ爺が魔物化してたのと似てるかな」
理性を失い、人間や他の生物を襲う。そんなこと望まないのに。
もちろん元から攻撃的な例外はいるけどね、とそっと付け加えて。
「だから、きちんと倒して……浄化して、解放する。そうすることで彼らは救われるんだよ」
「モーアンさん……」
「君の拳は、誰かを守るためのものでしょ?」
話を聞き終わる頃には、不思議とフォンドの震えはほとんど引っ込んでいた。
彼の信念は誰かを守ること。モーアンの話に後押しされて、恐怖が和らいだのだろう。
「……そうだよな。それに、みんなが待ってるんだ」
幽霊船は何らかの力をもってこちらの船を縛りつけ、乗員を悪霊の仲間に引き入れようとしている。
一刻も早く解決しなければ――二人の後ろには、守らなければならない人たちがいるのだ。
ひとしきり決意を噛み締めたところで、フォンドはちらりとモーアンを見上げた。
「あ、あのさ、モーアンさん……エイミたちには言わないでくれよ?」
「あはは、わかってるよ」
エイミはともかく、ミューが聞いたらここぞとばかりにからかいそうだ。
モーアンはそんな光景をありありと脳裏に浮かべながら、つい口許を綻ばせるのだった。
辺りを飛び回る火の玉はディアマントとは違い、顔も温かみもない。
生者の気配がない船内は昼間だというのに真っ暗で、窓や船体に開いた穴から射し込む陽、そして火の玉が、かろうじて光源となっている状態――まさしく“幽霊船”と呼んで差し支えないだろう。
(ランタンを借りられて良かったな……)
手元の魔法道具の光で照らしながら進むモーアンが今回は頼りになる存在となっているのは、年長者や神官としての経験があることや、悪霊系の魔物が苦手とする光魔法の使い手だから……だけではない。
「モーアンさぁん……あ、あんま先に行かないでくれよぉ」
船の乗客を守るためにエイミとミューを残し、フォンドとモーアンが残骸の船を探索することになったのだが……
日頃威勢の良いフォンドが今は見る影もなく、いつになく情けない声をあげ、震える手でモーアンにしがみついている。
「フォンド……もしかして、オバケが怖いのかい?」
「こっこここここ怖くねぇよ! ただ……」
ガタッ!
「どわっはァーーーーッ!」
「うわっ、ちょっと!?」
フォンドは反射的に音がした方に蹴りを放った。
悪霊型の魔物は一瞬それをすり抜けるが、時間差で蹴りがめり込み吹っ飛ばされる。
モワモワと昇り、消えていく炎……解放された魂に、モーアンは静かに祈りを捧げた。
「あ、あれ……当たった?」
「そうか……今の僕たちには聖なる種子の力が……」
へ、と間の抜けた声をあげるフォンドに、モーアンが説明を始める。
「悪霊系の魔物は実体がないのに近い状態だから、通常攻撃は効果が薄いはずなんだ。けど、きらめきの森と同じ要領で魔物が纏う気を攻撃すれば浄化できそうだよ」
心臓が暴れ回っているのだろう胸を押さえ、完全に腰が引けた様子のフォンドを見て、優しく微笑みかける若き神官。
「彼らはね、現世に留まる魂に何らかの影響があって変異したものなんだ。アマ爺が魔物化してたのと似てるかな」
理性を失い、人間や他の生物を襲う。そんなこと望まないのに。
もちろん元から攻撃的な例外はいるけどね、とそっと付け加えて。
「だから、きちんと倒して……浄化して、解放する。そうすることで彼らは救われるんだよ」
「モーアンさん……」
「君の拳は、誰かを守るためのものでしょ?」
話を聞き終わる頃には、不思議とフォンドの震えはほとんど引っ込んでいた。
彼の信念は誰かを守ること。モーアンの話に後押しされて、恐怖が和らいだのだろう。
「……そうだよな。それに、みんなが待ってるんだ」
幽霊船は何らかの力をもってこちらの船を縛りつけ、乗員を悪霊の仲間に引き入れようとしている。
一刻も早く解決しなければ――二人の後ろには、守らなければならない人たちがいるのだ。
ひとしきり決意を噛み締めたところで、フォンドはちらりとモーアンを見上げた。
「あ、あのさ、モーアンさん……エイミたちには言わないでくれよ?」
「あはは、わかってるよ」
エイミはともかく、ミューが聞いたらここぞとばかりにからかいそうだ。
モーアンはそんな光景をありありと脳裏に浮かべながら、つい口許を綻ばせるのだった。