11:陸から海へ

 三人旅になってから二度目の船出は、苦い後味を残すものだった。

(ど、どうしよう、わたしのせいで……!)

 俯いた仲間たち。暴言を吐かれた当人よりも、周りの方が尾を引いている。
 船に乗ってからもしばらく続く沈んだ空気をどうにかしようと、エイミは慌てて駆け出し、

「ほ、ほら、海がキレイですよ! 風もとても気持ちいいです!」
『なんか空どんよりしてるわよ……』
「あ、あら……?」

 灰色に曇った空によって、盛り上げることにあえなく失敗してしまった。
 けれど彼女の意図は伝わったようで、仲間たちが顔を上げ、眉尻を下げて笑う。

「ごめんね。僕たちが沈んでちゃダメだね」
「そうだな。エイミが前を向こうとしてるんだから」
「みなさん……ありがとうございます」

 彼らにつられるようにして、エイミもまたふにゃりと微笑む。

「本当に、もう平気なんです。みなさんが代わりに怒ってくれたからでしょうか……思ったより、平気なんですよ」
『エイミ……』
「ミューも、ありがとう。さぁ、この話はもう終わりにしましょう!」

 ぱん、と手を叩いて話を切り上げる。今の彼女には、気になることがあったからだ。

「それよりも……あの空、変じゃありませんか?」
「確かに。なんだか急に現れたような……」

 先程明るく盛り上げようとしたエイミを阻んだもの。ちょうど行く先にある重苦しい雲は、船が近づくよりも早く広がっているような……
 そしてよく見れば、霞んだ向こうに船影らしきものがぼんやり確認できる。

「こりゃ、避けて通らないとマズいんじゃないか?」

 フォンドが呟くと、船もゆっくりと針路を変えて動き始めた。だが……

「だ、だめだ! 舵がきかねえ!」

 船首側からそんな叫びが聞こえ、エイミたちがすぐさま向かう。
 舵はギギギと音を立て、操舵手に逆らっているように見えた。

「これは一体……」
「手伝いますっ!」
「オ、オレもっ!」

 エイミとフォンドが加わった三人がかりでも、舵は思うように動かない。
 彼らが力不足ということは決してない。恐らく、誰が手を貸しても結果は同じだっただろう。

「うぐぐぐ、なんだこりゃ……っ」
「ダ、ダメ……びくともしない……!」

 異変に気づいた船内がざわつきだす。船はまるで暗雲に吸い寄せられていくみたいにひとりでに動いていて……

『マズいのう、これは……』

 白い火の玉がゆらりと現れ、モーアンの隣で呻くように声を発した。

「アマ爺?」
『知っとる気配がする。じゃが……様子がおかしい』

 知っている気配というなら、精霊なのではないか。
 だが、基本的に人間界に干渉しないはずの精霊が、船のコントロールを奪って引き寄せるなんてことがあるのだろうか……嫌な予感が一行の脳裏をよぎるその間にも、船影と船の距離はどんどん近づき、おぼろげだった姿が明らかになる。

「ぶ、ぶつかるーーーー!」
「うわぁっ!」

 誰もが最悪の事態を前に身構えた瞬間、船ががくんと大きく揺れ、止まった。

『な、何よ、これ……』

 ミューが目の前に広がる光景に、声を震わせる。
 ぶつかりそうだった船はよく見ればボロボロで、周囲のあちらこちらに残骸が浮かんでいる。
 乗組員らしき人影はなく、穴の空いた船体はところどころ朽ちて、見るも無惨なものだ。

「は、墓場だ……船の、墓場……」
「俺達もこうなっちまうってことか……?」

 誰かがそう言い出すと、恐怖と混乱が拡がっていく。
 怪談や物語でしか聞いたことがないような存在が、暗雲の下に不気味に立ち塞がっていた。
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