11:陸から海へ
南大陸の西端にある小さな港は船着き場としての最低限の設備と小さな宿泊所や商店、酒場があるくらいで、賑やかなリプルスーズとはまるで違ったものだった。
海から陸、或いは陸から海へ。ここは次の旅路を前にした者たちの、ほんのささやかな休憩所だ。
「もうちょっとしたら西への定期船が出るみたいだよ」
一足先に船着き場へ向かったモーアンが、買い出し中のフォンドのもとへ小走りで戻ってきた。
そこにはエイミとミューの姿はなく、彼女は情報収集にあちこち回っているようだ。
「そっか。じゃあ少し休憩して……」
『ちょっとアンタ! 取り消しなさいよっ!』
と、威勢の良いミューの声が辺りに響き渡り、男性陣が顔を見合わせる。まずい、という言葉こそ出なかったが、ふたりの心境は恐らく同じものだ。
「ミューちゃん、何か騒ぎを起こして……」
「行こう、モーアンさん!」
声がした方に駆けつけると、エイミたちが数人の男に囲まれていた。
背中をぴったりと壁につけ、両手を胸に置いて拒むような姿勢。青ざめ、強張った表情からは「何か」が何だかわからないが……
「オレの仲間に何か用か?」
「随分怖がらせていたようだけど……」
ふたりはまず、エイミを庇うように割り込んだ。
育ての親譲りのフォンドの鋭い眼光に、男たちが思わずたじろぐ。
「フォンド、モーアンさん……」
「お、俺達は何も……」
『ウソおっしゃい! エイミが可愛いからってナンパしたクセに私のこと見てエイミをっ……エイミをバケモノ呼ばわりしたのよ⁉』
ミューの大きな目からこぼれ落ちる涙。フォンドたちの目が見開かれ、一気に険しい顔になる。
エイミの故郷ドラゴニカの女性は生まれた時に竜の血を分けられ、人間離れした力を得るという。
竜であるミューと共にいるのを見て、男たちが何を言ったのか想像したくはないが……
「だ、だって、こいつはドラゴニカの……!」
「グリングランを離れたら、こういう奴もいるんだな」
ドラゴニカと共生しているグリングランで育ったフォンドからすれば、竜騎士たちは生活を守ってくれる頼もしい仲間であり、当たり前のようにいる隣人だ。
けれども北大陸を離れれば、彼女たちは異質を恐れる者に心無い言葉を吐かれることもある。
自分達は大多数だと思い込む人間の、傲慢な差別だ。
「……いいんです。そういう見方をされることもあるって、知っていましたから」
『エイミ……』
知識としては知っていた。けれども外の世界を知らない少女の胸には、受け止めきれない重みがあった。
「お騒がせしてすみません。行きましょう、ミュー、フォンド、モーアンさん」
エイミは男たちに深く頭を下げ、そこからは目も合わせずその場を立ち去る。
ミューとフォンドが慌てて彼女を追いかけ、ひとり残ったモーアンは深い溜め息を吐くと顔を上げて男たちをひとりひとりじっと見つめた。
「彼女は君たちより遥かに強いよ。それでも背中の槍は決して振るわなかった」
「うっ……」
見れば男たちはガラが悪くガタイこそ良いが、エイミを恐れるあたりその程度のものだろう。その気になれば、エイミは男たちを槍のひと薙ぎで黙らせるなり追い払うなり――もしかしたら、槍すら必要なかったかもしれない。
成体に変身できるようになったミューだって、それは同様だったはずだ。
「……“バケモノ”っていうのは、一方向の情報だけで決めつけて平気でひとを傷つける、そんな心のことを言うんだと思うよ」
君たちが傷つけたのは、年端もいかない心優しい少女たちだ。
いつになく低い温度でモーアンが残した言葉を受け、男たちはバツが悪そうに互いに見合わせるのだった。
海から陸、或いは陸から海へ。ここは次の旅路を前にした者たちの、ほんのささやかな休憩所だ。
「もうちょっとしたら西への定期船が出るみたいだよ」
一足先に船着き場へ向かったモーアンが、買い出し中のフォンドのもとへ小走りで戻ってきた。
そこにはエイミとミューの姿はなく、彼女は情報収集にあちこち回っているようだ。
「そっか。じゃあ少し休憩して……」
『ちょっとアンタ! 取り消しなさいよっ!』
と、威勢の良いミューの声が辺りに響き渡り、男性陣が顔を見合わせる。まずい、という言葉こそ出なかったが、ふたりの心境は恐らく同じものだ。
「ミューちゃん、何か騒ぎを起こして……」
「行こう、モーアンさん!」
声がした方に駆けつけると、エイミたちが数人の男に囲まれていた。
背中をぴったりと壁につけ、両手を胸に置いて拒むような姿勢。青ざめ、強張った表情からは「何か」が何だかわからないが……
「オレの仲間に何か用か?」
「随分怖がらせていたようだけど……」
ふたりはまず、エイミを庇うように割り込んだ。
育ての親譲りのフォンドの鋭い眼光に、男たちが思わずたじろぐ。
「フォンド、モーアンさん……」
「お、俺達は何も……」
『ウソおっしゃい! エイミが可愛いからってナンパしたクセに私のこと見てエイミをっ……エイミをバケモノ呼ばわりしたのよ⁉』
ミューの大きな目からこぼれ落ちる涙。フォンドたちの目が見開かれ、一気に険しい顔になる。
エイミの故郷ドラゴニカの女性は生まれた時に竜の血を分けられ、人間離れした力を得るという。
竜であるミューと共にいるのを見て、男たちが何を言ったのか想像したくはないが……
「だ、だって、こいつはドラゴニカの……!」
「グリングランを離れたら、こういう奴もいるんだな」
ドラゴニカと共生しているグリングランで育ったフォンドからすれば、竜騎士たちは生活を守ってくれる頼もしい仲間であり、当たり前のようにいる隣人だ。
けれども北大陸を離れれば、彼女たちは異質を恐れる者に心無い言葉を吐かれることもある。
自分達は大多数だと思い込む人間の、傲慢な差別だ。
「……いいんです。そういう見方をされることもあるって、知っていましたから」
『エイミ……』
知識としては知っていた。けれども外の世界を知らない少女の胸には、受け止めきれない重みがあった。
「お騒がせしてすみません。行きましょう、ミュー、フォンド、モーアンさん」
エイミは男たちに深く頭を下げ、そこからは目も合わせずその場を立ち去る。
ミューとフォンドが慌てて彼女を追いかけ、ひとり残ったモーアンは深い溜め息を吐くと顔を上げて男たちをひとりひとりじっと見つめた。
「彼女は君たちより遥かに強いよ。それでも背中の槍は決して振るわなかった」
「うっ……」
見れば男たちはガラが悪くガタイこそ良いが、エイミを恐れるあたりその程度のものだろう。その気になれば、エイミは男たちを槍のひと薙ぎで黙らせるなり追い払うなり――もしかしたら、槍すら必要なかったかもしれない。
成体に変身できるようになったミューだって、それは同様だったはずだ。
「……“バケモノ”っていうのは、一方向の情報だけで決めつけて平気でひとを傷つける、そんな心のことを言うんだと思うよ」
君たちが傷つけたのは、年端もいかない心優しい少女たちだ。
いつになく低い温度でモーアンが残した言葉を受け、男たちはバツが悪そうに互いに見合わせるのだった。