11:陸から海へ

 ふかふかの干し草の上に分厚い布団を敷き、寝転がる。
 いつでも好きに使ってくれと空き部屋に用意された低いベッドは、どこか懐かしい草の香りがした。

「おお、思ってたよりふわふわだぁ」

 疲れが溜まっていたのだろう。真っ先にベッドにダイブしたのはモーアンだった。
 年長者の威厳もあったものではないが、ただでさえインドア寄りのモーアンに対し、暇さえあれば修行ばかりだったエイミとフォンドの体力が人並み外れているためその差が際立つのは仕方ないのだ。

『くつろぐのもいいケド、今後のこととか話した方が良くない? 今いる精霊が二体で、残りをどうやって探しに行くのかとか……』
「魔界の扉や“穢れ”の問題もある。ここまでの道のりで見たものを考えたら、敵も動いてるってこったろ? ただ精霊に会いに行くだけの旅にはならなさそうだ」

 この地下で魔界の扉を開き魔物を溢れさせた魔族と、きらめきの森でディアマントに穢れを流し込み魔物化させた神官ノクス――彼自身も恐らくは穢れの被害者で、その裏に何者かがいるのは間違いないだろう。

『そのことだけど、たぶんそこまで気にしなくていいと思うぜ?』
「ガネットさん?」
『魔界の扉が開きやすい場所はかつて“災禍”が現れた場所、ってえのは話したろ? そこが精霊の住処と近い場合が多いってのもよ』

 ベッドにちょこんと座り、地精ガネットはエイミを見上げる。
 彼の話に、だらしなく寝そべるのをやめて座り直したモーアンがポンと手を打った。

「そっか。ノクスも精霊を穢すって言ってたし、どのみち精霊が目的の近くにあるんだね」
『おうよ。つまりおめえらは当初の予定通り精霊探しをメインにすりゃあいいんだ』

 スムーズに精霊を見つけて力を借りられれば最善だし、そこに異変が起きているなら解決の必要があるだろう。
 フォンドが荷物袋から世界地図を取り出し、布団の上にぱらりと広げた。

「精霊がいそうなところって他にどこがあるんだ?」
『そーじゃのー……近場から回った方が良いじゃろうから、西大陸に行ってみたらどうじゃ?』

 もはや当たり前のように飛び出した光精霊が、その身で西大陸の周辺を照らしてみせる。
 西大陸には主な国がふたつ。砂漠の国と騎士王国の名があった。

「クバッサ宮殿があるオアシスの町ミズベリアと、草原地帯の騎士王国ディフェットだっけ……あの辺は全然わからねぇなあ」
「わたしもです。特にミズベリア……砂漠の暑さは想像もつきませんね」

 北大陸、中でも雪山が連なるドラゴニカは極寒で、西の砂漠とは対極の環境にある。
 ドラゴニカからほとんど出たことがないエイミとミューからすれば、過酷な旅になるだろう。

「まずミューがバテそうだよなぁ」
『失礼ね。私だって竜よ? 確かに寒冷地生まれだけど人間とは頑丈さが違うんだから!』
「な、何にせよ、準備はしっかりしましょうね」

 フォンドの言葉に過敏に反応するミューを宥め、エイミが地図に視線を落とした。
 南大陸は中央や他の大陸と比べるとやや小さく、この洞窟の西側に小さな港があるようだ。

「ここの港から西大陸への船が出ているみたいだね」
「んじゃ、ここを出た後の目的地はひとまずそこだな」

 西大陸の南端にも港があり、そこからのびる街道を北上すれば、騎士王国ディフェットに辿り着く。
 中央大陸のリプルスーズに戻れば砂漠地帯への定期船も出ているが、いきなりそちらへ向かうのは無謀というものだろう。

「そうと決まれば明日に備えて休もう! 僕もう疲れちゃったぁ」
「ふふ、そうですね」

 大変な騒動続きからようやく明けた一行は、こうして束の間穏やかな時間を過ごすのだった。
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