8:いざ、南大陸へ

 マギカルーンの町並みでこれまで訪れた場所と違うのは、あちらこちらに魔法の存在が主張してくるところだ。
 ここで作られた魔法道具が売られているのはもちろん、魔法書に武具屋まで……エイミの興味は魔法により強化された武器や防具に注がれた。

「すごい、綺麗……」
『ホント、シンプルに美しいわね』

 店に並んだどの武器防具も、このまま飾っていても絵になるような優美さで、それでいて派手すぎず機能性を邪魔することのない。武具のみならず魔法道具もそういった形をしているのは、この町の特徴なのだろうか。

「嬉しいこと言ってくれるねえ」

 見目愛らしい少女が自分の店の売り物に釘付けなのが嬉しいのか、機嫌良さげに店主が話しかけてきた。

「けど美しいだけじゃないよ。武器は鋭く、防具は硬く。この町の武具にはそういう強化の魔法がかかってるんだ。それに軽いから扱いやすいよ」
「わぁ……」

 手に取ると確かにこれまでの物より軽く、そして不思議な力を帯びているのがわかる。
 柄を飾る石や金属が、魔法を武器に定着させているのだろうか……まじまじと見つめるエイミの目は好奇心に輝いていた。

「お嬢ちゃんは槍使いかい? だったらこっちがオススメだよ」
「ありがとうございます。じっくり見させていただきますね」

 エイミは槍を買い替えると、満足そうに店をあとにした。
 と、その時だった。

「きゃっ」
「!」

 ちょうど中に入ろうとした人とぶつかりそうになり、慌てて留まる。
 おそるおそる見上げれば、黒尽くめのフードに隠れた赤い瞳が驚きに揺れて。

「ご、ごめんなさっ……あなたは!」
「お前は、リプルスーズの時の……」

 この世界では赤い瞳――人間とエルフの間に生まれたハーフエルフという存在は、特にエルフ側が人間と交わることを良しとしないため、非常に稀だ。
 そうして生まれたハーフエルフは大体親の顔を知らず、時には迫害されながらひっそり生きるというが……

『あの時のつよつよ剣士さんね』
「同じ船で来ていたんですね。わたしはドラゴニカの竜騎士エイミ。こちらはパートナーのミューといいます」

 一度目は初めて見る彼の目の色に驚いてしまったけど、もう気にすることはない。
 含みもなくにこやかなエイミに一瞬虚を突かれたようで、剣士は僅かに後ずさるが、

「……シグルスだ。お前、確か港の女神像の前で……」
「あっ!」

 そこにもう一人、よく通る声が割り込んできた。
 マギカルーンに到着する前より膨らんだ道具袋を抱え、フォンドが黒鳶色の髪を揺らしながらエイミに駆け寄る。

「なんだ、やっぱエイミも武器屋に……ってあんた、港町で一緒に戦ったヤツか!」
「シグルスさんだそうですよ」
「そっか。オレはフォンドだ。よろしくな!」

 屈託のない笑顔と共に差し出したフォンドの手を一瞥すると、シグルスはくるりと背を向ける。

「別に……馴れ合うつもりはない」
「あれっ」
「俺はこの町の書庫に用があるんだ。それじゃあな」

 フォンドはぽかんと口を開けたまま行場をなくした手を宙に彷徨わせ、足早に去り行くシグルスの背中を見送った。

『何よ。ヘンなヤツぅ』
「なんかコソコソしてるみたいだけど、あんなカッコじゃ逆に目立つよなぁ」
「あ、あはは……」

 確かに、明るい町中であのフードを深く被った黒マントは目立つけれども……
 容赦のないふたりのコメントに、エイミはただただ苦笑するしかなかった。
3/4ページ
スキ