6:踏み出して、最初の一歩

『ウォォ……グオォ……』

 森をしばらく進むと次第に聴こえるようになった、唸り声のような不気味な音。
 だんだん近く、大きくなり、木々をざわめかせるそれを、一行も無視できなくなってきた。

「……さっきからなんだよ、この声みたいなの……」
『風の音、と呼ぶにはちょっと違うわね……気味が悪いわ』

 空気を震わせるそれは言いようの無い悪寒を伴い、肌を粟立たせる。何か、とんでもないものに近づいていると本能が感じ取っていた。
 そしてその予感は、的中してしまうことになる。

「み、見てください、あれ!」

 黒く霞んだ向こうから、ずしりずしりと足音をさせながらぼんやりとした影が少しずつ近づき、輪郭をハッキリさせていく。

『オォ……』

 現れたのは大柄な人間よりもひと回り大きな猿……のような形をした、黒いモヤの集合体。胸の中央にはうっすらと揺らめく白い灯火が見える。
 見たこともない魔物だが、対峙するだけで震えあがりそうになる威圧――恐らくはこれまで遭遇したどの魔物よりも、強い。
 猿はエイミを見つめ、おもむろに口を開いた。

『メ、ガミ……』
「え?」
『タ、ス…………オオオオオッ!』

 何やら言葉を発しようとしていたがそこまでで、太い腕を振り回しながら狂ったように暴れ回る。

「あの魔物、何か言おうとして……」
「まずは動きを止めなきゃ話にもならないよ。今までの魔物みたいにやるんだ!」
「いくぞ、エイミ!」

 戸惑ってばかりはいられない。今度こそは。
 エイミは当たれば骨まで砕かれてしまいそうな魔物の剛拳をかわし、すかさず飛び乗ると腕を伝って頭を踏み台に背後へ着地した。

「おおっ、身軽」
「戦いのさなか、竜に飛び乗ることだってあるのが竜騎士ですから」

 フォンドと挟撃する形になると、少しだけ強かに微笑む。
 見習いとは言いながら、いつかは成長するミューの背に乗る準備はできている。改めて目の当たりにしたミューの胸中にこみあげてきたものは……

(あとは本当に私だけ、なのね……)
「ミュー!」

 狙いが分散した魔物の攻撃をかわし、反撃を繰り出しながらエイミが叫ぶ。

「怖がらないで。わたしはもう、あの頃のわたしじゃない! いっぱい鍛えて、強くなったの!」
『エイミ……でも、私は昔、アナタを……』
「あなただってそうでしょう? 旅に出てからこっそり特訓してたの、知ってるんだから!」

 竜騎士と竜は繋がっている。葛藤なんてお見通しだとばかりに。

「なんだか知らねえが、あれだけ普段スイスイ飛んでるんだ。同じようにやってみたらどうだ?」
「僕の回復魔法だってあるよ。フォローは任せて!」
『みんな……』

 なんとなく事情を察したふたりからの言葉もミューの背中を押す。
 飛べる、のだろうか。心臓がどくんと脈打ち、体が震える。

『ええい、やってやるわよっ!』

 覚悟を決めたミューの全身が白くまばゆい光を放ち、みるみる大きくなっていく。
 鬱蒼とした暗い森は刹那、昼間よりも明るく照らされた。
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