はじまりの章:竜国の姫君
千年前、魔界の王子は多くの魔物を従えて人間界を滅ぼそうとした。
後の世に“人魔封断”と呼ばれるその戦いの中で、魔物である竜の王と人間の少女が心を通わせ、竜たちは人間側についた。
そうして戦いの後も竜は人間界に残り、人間たちとひとつの国を造り上げた――それが、ドラゴニカの誕生である。
寒く険しい北の雪山に聳える城は、竜に愛されし乙女たちの住まう地。
それが竜城ドラゴニカ。ここで生まれ育った女たちの大半は、パートナーとなる竜を得て竜騎士となるのだ。
戦いから遠く離れた穏やかな世でも脅威となる魔物は存在しており、牙を持たぬ人々のため竜騎士たちは弛まぬ鍛錬を積み続ける。
「もう一度、お願いします!」
城の練武場に響く少女の声。訓練用の棒を持った彼女の手足のあちこちに細かい傷や痣が見える。
肩で息をしながら柄を握り締め、折れぬ闘志を蒼穹を映したような天色の瞳に宿して。清流を思わせる綺麗な水色の髪の前方は肩のあたりで切り揃え、後ろは白いリボンで括って腰まで伸ばし、色白の肌や顔立ちから可憐な印象を受ける、そんな彼女はドラゴニカの姫だ。
「……エルミナ。もう休みなさい」
「ですが姉様……」
「疲れ切った今の貴女ではいくら訓練を繰り返しても無意味です。休むのも大事なことでしてよ」
頭には一対の竜の角を模した飾りをつけたティアラ。紺碧の長い髪は波打つ大海のようにふわふわと広がり、目元は涼しげできりりとした印象で、凹凸のハッキリしたラインの成熟した体を軽鎧とドレスを組み合わせたような衣装に包んだ美女。先程までエルミナと激しく打ち合っていたにもかかわらず、汗ひとつかいていない彼女はエルミナの姉であり女王のパメラ。同時にドラゴニカ最強の戦士でもある。
「休むのも大事……わかりました!」
「良い子ね。ティータイムにしましょう」
妹が素直に頷いた途端にパメラの表情から厳しさが消え、包容力と慈愛に満ちた微笑みに変わった。
十近く歳の離れた姉妹は妹が幼い頃に両親を亡くしており、パメラはエルミナに対して時には母親のように接している。
今は未熟なエルミナも、きっと強い戦士になるだろう――そう信じて。
(そのためには、エルミナの竜も鍛えなくてはならないけれど……)
竜騎士は人と竜、どちらの力も揃って一人前であり、互いに強さがリンクし、高め合う存在である。エルミナは熱心な努力家なのでパメラが心配するほどではないのだが……
「ミュー、おいで」
『やっと終わったの?』
ひゅるん、とどこからともなく飛んできた小さなもっちりした蛇……ではなく竜の子供。空色の体に首にはエルミナとお揃いの白いリボンをつけ、ミューと呼ばれた彼女がパートナーだ。
『まったくいつまでやってるんだか……どんどんボロボロになっていって途中から見てられなかったわよ!』
「ご、ごめんね……けど、早く姉様みたいに強くなりたくて」
『そんなの必要ないわ! せっかく平和なのにわざわざこんな汗臭い泥臭いのイーヤぁー!』
「もう、ミューったら……」
遠目からそんなやりとりを眺め、はぁ、と溜め息をつくパメラ。
(竜の外見は心の成長で変わる。ミューが幼い姿のままなのは、おそらく……)
城の外から聴こえてくる風の音に激しさが加わり、パメラの表情が険しくなる。
「平和……か」
「姉様?」
「なんでもなくってよ。さぁ、行きましょう」
そんな姉をきょとんと不思議そうに見上げる妹と、そのパートナー。
彼女たちを振り返ることはせずに、パメラは練武場をあとにした。
後の世に“人魔封断”と呼ばれるその戦いの中で、魔物である竜の王と人間の少女が心を通わせ、竜たちは人間側についた。
そうして戦いの後も竜は人間界に残り、人間たちとひとつの国を造り上げた――それが、ドラゴニカの誕生である。
寒く険しい北の雪山に聳える城は、竜に愛されし乙女たちの住まう地。
それが竜城ドラゴニカ。ここで生まれ育った女たちの大半は、パートナーとなる竜を得て竜騎士となるのだ。
戦いから遠く離れた穏やかな世でも脅威となる魔物は存在しており、牙を持たぬ人々のため竜騎士たちは弛まぬ鍛錬を積み続ける。
「もう一度、お願いします!」
城の練武場に響く少女の声。訓練用の棒を持った彼女の手足のあちこちに細かい傷や痣が見える。
肩で息をしながら柄を握り締め、折れぬ闘志を蒼穹を映したような天色の瞳に宿して。清流を思わせる綺麗な水色の髪の前方は肩のあたりで切り揃え、後ろは白いリボンで括って腰まで伸ばし、色白の肌や顔立ちから可憐な印象を受ける、そんな彼女はドラゴニカの姫だ。
「……エルミナ。もう休みなさい」
「ですが姉様……」
「疲れ切った今の貴女ではいくら訓練を繰り返しても無意味です。休むのも大事なことでしてよ」
頭には一対の竜の角を模した飾りをつけたティアラ。紺碧の長い髪は波打つ大海のようにふわふわと広がり、目元は涼しげできりりとした印象で、凹凸のハッキリしたラインの成熟した体を軽鎧とドレスを組み合わせたような衣装に包んだ美女。先程までエルミナと激しく打ち合っていたにもかかわらず、汗ひとつかいていない彼女はエルミナの姉であり女王のパメラ。同時にドラゴニカ最強の戦士でもある。
「休むのも大事……わかりました!」
「良い子ね。ティータイムにしましょう」
妹が素直に頷いた途端にパメラの表情から厳しさが消え、包容力と慈愛に満ちた微笑みに変わった。
十近く歳の離れた姉妹は妹が幼い頃に両親を亡くしており、パメラはエルミナに対して時には母親のように接している。
今は未熟なエルミナも、きっと強い戦士になるだろう――そう信じて。
(そのためには、エルミナの竜も鍛えなくてはならないけれど……)
竜騎士は人と竜、どちらの力も揃って一人前であり、互いに強さがリンクし、高め合う存在である。エルミナは熱心な努力家なのでパメラが心配するほどではないのだが……
「ミュー、おいで」
『やっと終わったの?』
ひゅるん、とどこからともなく飛んできた小さなもっちりした蛇……ではなく竜の子供。空色の体に首にはエルミナとお揃いの白いリボンをつけ、ミューと呼ばれた彼女がパートナーだ。
『まったくいつまでやってるんだか……どんどんボロボロになっていって途中から見てられなかったわよ!』
「ご、ごめんね……けど、早く姉様みたいに強くなりたくて」
『そんなの必要ないわ! せっかく平和なのにわざわざこんな汗臭い泥臭いのイーヤぁー!』
「もう、ミューったら……」
遠目からそんなやりとりを眺め、はぁ、と溜め息をつくパメラ。
(竜の外見は心の成長で変わる。ミューが幼い姿のままなのは、おそらく……)
城の外から聴こえてくる風の音に激しさが加わり、パメラの表情が険しくなる。
「平和……か」
「姉様?」
「なんでもなくってよ。さぁ、行きましょう」
そんな姉をきょとんと不思議そうに見上げる妹と、そのパートナー。
彼女たちを振り返ることはせずに、パメラは練武場をあとにした。