5:神託

「そうか……ノクスが……」

 ルクシアルの神官が死人を蘇らせる禁術に魅入られ、姿を消した。
 そんなモーアンの報告に加え、ドラゴニカやグリングラン、そしてリプルスーズでの事件……大神官は重苦しい溜息を吐き出した。

「ううむ……妙なことが起きているとは思っていたが、魔族か……城を奪われるとは、大変なことだな」
「はい。女王パメラはわたしたちを助けるために魔族に戦いを挑み、姿を見ることも叶いませんでしたが、おそらくは……」

 十七歳の少女には重すぎる現実にエイミの声が震える。
 彼女と近い体験をしたフォンドもまた、俯いて歯を食い縛った。

「千年前に封じた存在が再び姿を現したとなると、呑気にしてはいられんな。しかし、どうしたものやら……」
『アナタ大神官なんでしょ? 何かわからないの!?』
「こ、こら、ミュー!」

 大神官が苦笑いで首を左右に振り、再び口を開く。

「人魔封断から千年……レレニティア様の力も弱まっているのかもしれん。凶暴化した魔物が現れたのも、魔界と繋がってしまったのも、恐らくは……」

 重たい沈黙が流れる中、トントンと指先でこめかみを叩いていたモーアンが顔を上げた。

「弱まった力を何か別のもので代用できれば、なんとかなりませんかね?」
「え?」
「おお、それだ!」

 彼の提案に大神官がポンと手を打つ。

「世界中に各属性の精霊がいる。彼らの力を借りられれば、或いは……」
「けど、どうやって? 精霊と話でもできるのか?」

 ひっそりひとりごちるフォンドの言葉が届いていたようで、大神官はそちらに視線を向けて語り始める。

「レレニティア様はかつてヒトであった頃に各地を旅して精霊の力を集めたのだという。その力をもって、巨悪と戦ったのだろう」
「精霊の力を、集める……」
「風、火、水、土など、それぞれの属性に因んだ場所にいる。ちなみにこの近くの森にも一体、光の精霊がいるという話だが……彼らは千年前の生き証人でもあるはずだ」

 つまり人魔封断の封印から復活した者たちに関しての情報も得られるかもしれない。話を聞き入れてくれるか、そもそも会話が可能なモノかどうかはわからないが、女神になる前のレレニティアという前例がある。

『なんだか途方もない話になってきたわね……』
「それでも、ドラゴニカを取り戻すために必要なら……わたしにできることがあるなら、協力します!」

 それがドラゴニカのみならず、世界中の人々を助けることになるならば。エイミは決意にぐっと拳を握り、唇を引き結ぶ。
 その、瞬間――。

『あなたの強い意志、確かに受け取りました』
「えっ?」

 女性の声だが、よく知るミューのものではない。天井からやわらかく降り注ぐ陽の光のようなそれが、聖堂に響き渡る。
 声の主の姿はなく、代わりに大神官の背後に佇む女神像が淡い光を発した。

「まさか……レレニティア様!?」
『ヒトと言葉を交わすのは何年振りでしょう……しかし、今はあまり時間がありません。人間界に干渉するには、大きな制約がかかるのです』

 人魔封断の時に全てを解決した女神が容易く人間界に干渉できるなら、今回のようなことにはなっていないだろう。
 説明する時間も惜しいのか、女神像は小さな光の珠をモーアン、フォンド、そしてエイミとミューに送りこむ。
 光が胸に吸い込まれると、彼らは内側から力が湧いてくる感覚をおぼえた。

「これは……」
『わたしの力の一部……“聖なる種子”を託します。これで精霊たちはあなたがたに気づくはずです』

 そう言うと、女神像の輝きがみるみる弱まっていく。

「女神様っ!」
『この世界に迫るいくつかの危機……詳しい話は、精霊から……この、世界を……頼み……』

 途切れ始めた声は聴こえなくなり、ついには輝きも消えてしまった。
 今この場に、そして自分たちの身に起きた出来事を理解できず、しん、と全員が一度静まり返る。

「なんと……なんということだ……」

 このルクシアル神殿の長い歴史でも、女神レレニティアが直接声を……まして、力を託すなどということはなかった。
 おまけにそうして託されたのは、旅の若者たち。
 長い間平和を享受してきたこの世界に、未曾有の危機が訪れている――大神官は立て続けに受けた衝撃に、頭を抱え唸るのだった。
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