61:悪食

「残るはお前だけのようだな。手品はもうネタ切れか?」
「ヒェッ……!」

 数の有利も策略も通じず、もはやイルシーを守るものは何もない。
 剣を手に、ゆっくりと歩み寄るシグルスにすっかり立場逆転した悪魔は慌てて後ずさる。
 とはいえ、背後は先程まで腰掛けていた階段。これ以上退けば、イルシーに後はないだろう。

(じょ、冗談じゃありマセンよ! ワタシは背後でドッシリ構えての策略専門なんですカラ……!)

 実際のところ、下っ端よりは強いとはいえ、今のシグルスたち相手に敵うほどではない。
 イルシーの真価は隠れられる場所や、盾になるもの、相手の油断があってこそ。その全てを潰され、絶体絶命となったのだ。
 終わった。どうやって逃げ延びようかと思考を巡らせるイルシーの耳に、コツコツと靴音が届いた。

「やだぁ、なんか騒がしいと思ったら小汚いネズミが潜り込んでたのね」

 甘ったるく媚びた女の声。上に続く階段から、ゴテゴテしたフリルを揺らしながら降りてくる黒髪の女。
 色白と呼ぶには血の気が引いたような、人間味の感じられない肌。耳と牙は小さく尖り、獰猛な獣を思わせる大きなツリ目の際には赤いメイクが引かれている。

「テプティ……!」
「久し振りね、おチビちゃん。まだ生きてたなんて、しぶとぉい」

 サニーにとっては故郷を奪った仇敵。黒薔薇を名乗る誘惑の悪魔テプティがこちらを見下ろし、にやりと口の端を上げる。
 だが、テプティはすぐさまイルシーのもとまで降りると、細い指で仮面の下の顎をとらえた。

「……で、イルシー。アンタはコイツら相手に何やってんのぉ?」
「アッ、エー、その……」
「ま・さ・か、ボロ負けして一人だけ逃げようとしてた……とかぁ?」
「ギクーッ!」

 イルシーの顎下を指先でなぞりながら、歌うように問い詰めるテプティ。
 その目がすうっと細められ、声音も低くなる。

「コイツらの相手をテプティちゃんに押しつけて、自分は助かろうって算段だったのねぇ?」
「ギクギクッ! い、イエ、ソレはっ……」

 どうやら、テプティの方が少なくとも直接的な戦闘能力は上らしい。ガタガタと震えるイルシーからぱっと手を放し、彼女は愛らしく微笑んだ。

「確かに、お得意の小細工が敗れたらアンタはもう敵わないでしょうねぇ。そして、テプティちゃんもこのままだと危ないかも?」
「エッ……?」
「だ・か・らぁ……」

 瞬間、テプティの両目が妖しく光り、ニタリとした捕食者の笑みへと変わる。

「ちょっと不味そうだけどガマンしてあげる。イルシー、テプティちゃんの栄養になって?」
「ッ!?」

 裂けんばかりに大きく開いた口が、イルシーの喉元に喰らいつく。
 シグルスたちの目が驚愕に見開かれ、その場に悪魔の絶叫が響き渡った。
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