60:悪夢の館へ

 こんなの、見え透いた偽者だ。
 父はとっくにこの世にはいない人で、だから、こうやって目の前に現れるなんて――成長したシグルスに、優しい笑顔を向けるなんて、本来ならありえないことだ。
 でも、霊廟で先代ディフェット王に会ったように、もしかしたら……という可能性も捨てきれない。
 そして先代王から、各地で死者の魂が連れ去られている、との情報もあったが……

『あなたは確かに“愛されていた”わ、シグルス』

 ふいに、母アムリアの言葉がシグルスの脳裏に蘇った。
 彼は一瞬わずかに俯き、床に落とした剣に手を伸ばす。

「シグルス……」
「兄ちゃん……?」

 仲間たちが見守る中、シグルスはその剣を持ち替え、その切っ先を父と名乗る者へと向けた。

「俺の父、レオンは真面目で勇敢で、みんなから慕われるような騎士だったと聞いている。その父が、わざわざ俺を惑わそうとするはずがないんだ」
「…………」
「何より、俺の中に残っている優しくてあたたかい記憶が……お前を偽者だと言っている!」

 ぐっと踏み込み、偽者の首めがけて横薙ぎに斬り払う。
 後方に飛び退き、紙一重で躱した偽者は騎士にしては身軽な動きでくるりと宙返りしてみせた。

「……オオ、怖いコワイ。バレたにしてもいきなり父親の首を狙うとか、ヨウシャなさすぎデスヨ!」
「その声、イルシーだな。やっと親玉のお出ましか」

 その正体を知られた途端、レオンの姿は揺らぎ、歪み、やがてあやしげな道化師風の男へと変わる。
 ふざけた言動だが仮面の奥でどんな顔をしているかわからない、底の知れない悪魔。
 シグルスにとっては主君であるディフェット王を襲い、その罪を着せられた憎むべき宿敵だ。

「親玉ァ? いえいえ、ワタシなど下っ端も下っ端、木っ端の雑魚。で・もォ……」

 イルシーは妙に落ち着いた様子で、両手の指の間に挟む形でいくつかの小さなボールを取り出す。
 ぽん、とそれを放ると、カラフルなボールはあちこちに跳ね回り……

「そんなワタシに負けるのだから皆サンはもっとヨワヨワの雑ァ魚、になるんデス!」

 ボールは空中で弾け、そこから次々と魔物が現れる。
 シグルスたちを取り囲んだ魔物は全部で五体。数の不利を一瞬で覆したイルシーは大きく後方に飛び、階段を椅子がわりに脚を組んでゆったりと腰掛けた。

「そ、そんなのアリ!?」
「そして自分は高みの見物かよ……」
「全部倒して、引きずり下ろしてしまいましょう!」

 包囲の中心に寄せられた三人は互いの背を守りながら、それぞれ武器を構える。
 笑顔が張り付いた仮面の奥で、千変万化の悪魔・イルシーの眼がぎらりと輝いた。
4/4ページ
スキ