60:悪夢の館へ

 悪夢の館の内部は形こそ館の体を成しているが、置物や鏡、壁にかかった絵画など、どこに擬態した敵が潜んでいるかわからない、まさしく敵の居城だった。
 先へ進むための扉の開閉スイッチが遠い場所に隠されていたり、探索のために入った小部屋の出入り口が突然閉まり、待ち伏せしていた敵を全て倒すまで閉じ込められることも。
 何もかもに仕掛けがあるわけではない。だがそれがかえって、余計な警戒による消耗を誘うものとなっているように思えた。

『これ作ったヤツ、絶対性格悪いでしょ……』
「イルシーにしろテプティにしろ、今更だと思うよ……」
『それもそうだったわ……』

 館そのものが、入った人間を心身共に疲弊させるための罠。
 こうして弱った獲物をゆっくりじっくりと嬲るのが、悪魔のやり方なのだろう。
 ミューとサニー、日頃は賑やかで口数の多い彼女たちでさえ、今はげっそりとしていた。

「とはいえ、だいぶ進んだぞ。そろそろ親玉には出てきてもらいたいもんだな」

 今までの通路や小部屋ではない、広間のような場所に出て、シグルスは周囲に魔物が擬態できそうなものがないか確認する。
 他に比べてややシンプルなそこは、奥の方は暗くてよくわからないが、上階に続く階段らしきものが見えた。

「あの程度がいくら束になっても話にならないと、とっくにわかっているでしょうからね」

 構えた槍の穂先を下げ、わざと辺りに声を響かせるエイミ。
 微笑んでこそいるが、妙に静かな声音に得も言われぬ恐ろしさと圧を感じ、仲間たちが一歩退く。

「エイミって、やっぱ血の気多いよね……」
「というかたぶん苛ついてるなこれ」
『正解よ。こういう回りくどいの嫌いだもの』

 ミューに限らず仲間たちの知るエイミは、正々堂々、真っ向から強者と戦うことを好む。
 ようするに「隠れてないでさっさと出てこい」ということらしい。
 すると奥の方から、ガシャン、ガシャンと金属の音をさせながら、何かが近づいてきた。

「今度はなに?」
「……グ……」

 これまで襲ってきたインテリアの鎧騎士とは違い、人間の男性のようだった。
 年頃は二十代半ばといったところか。動くたび、僅かな光を反射する銀色の鎧。黒に近い深紫の髪はシグルスと同じ色に見える。

「シグルス……」
「!」

 知っている。この声を。
 シグルスの赤い目が大きく見開かれ、ひゅ、と息を呑む。

「父さん、なのか……?」
「えっ!?」

 声だけではない。姿形も、母アムリアに返してもらった記憶――十三年前の“災禍の怒り”によって命を落とした父が、当時のままそこにいた。
 ありえない。誰もがそれをわかっているから、武器を手にぐっと身構える。

「シグルス、お前、ずいぶん大きくなって……」
「あ……」

 懐かしそうに、嬉しそうにくしゃりと目尻を下げる父の姿を目にしたシグルスの手から長剣の柄が滑り落ち、カラン、と音を立てた。
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