56:時を操る獣

 災禍の切り札に注意しながら更にダメージを与えていくと、敵の動きが大振りに変わってきた。
 当たれば強烈だが命中率が低く、よく見ていれば避けられるほどのそれは、災禍が弱り、焦ってきた証拠だろう。

「そろそろとどめだよっ!」

 サニーが得意の影縛りで災禍の動きを封じる。もがく獣の四肢に絡みついた影の触手がぶちぶちと音を立てるが、

「闇の中にお眠りなさい!」

 闇魔法の黒いエネルギーが災禍に向かって圧縮され、一気に爆発する。
 拘束が解ける前にプリエールが放った攻撃魔法の直撃を受けた災禍が、大きく仰け反って絶叫。やがてばたりと地に伏した。

「周りの空間が……!」

 先程までいた、廃墟と魂が浮かぶのみの黒い空間に亀裂が走り、ガラスが割れるように崩れ始める。
 亀裂から差し込む薄黄色の光は、セレネ島の月光だろうか。
 ゆらり、この戦いを見守っていた魂の灯火が揺らめき、微かながらそれぞれに言葉を発する。
 思い出した。これで静かに眠れる。ありがとう。
 満ち足りた、安らかな声。きっと災禍の呪縛から解放されたのだろう。

『わらわからも礼を言おうぞ。エスペラ・ムールは心地良い町であった。わらわにとっても思い出深い地だったのじゃ』
「クレーシェさん……」
『そら、元の世界に戻るぞ。目を瞑れ』
「!」

 過去のエスペラ・ムール来た時と同じ、まばゆい光。
 あたたかな月光に満たされて、廃墟が、魂たちが、飲み込まれていく。

『シルヴァンに……あの子に、よろしくね』
「えっ?」

 最後に、微かに聴こえた女性の声に応える間もなく……

「……プラーティア、さん?」

 エイミがそう呟いた時には、辺りの景色は元のセレネ島のものに戻っていた。
 エスペラ・ムールの廃墟に降り注ぐ精霊月の淡い光。そして戻ってきたエイミたちに驚き、心配そうに見つめる魔族の青年シルヴァンの姿があった。

「無事だったんだな……良かった」
「シルヴァン!」

 まずフォンドが駆け寄り、無事を確かめる。顔や体にぺたぺたと無遠慮に触れるフォンドの手から逃れ、シルヴァンは慌てて身を引っこめた。

「わ、私はなんともない。急に姿を消して、しばらく音沙汰なかったのは君たちの方なんだぞ?」
「わりぃ、そっか。えーと、どのくらいいなかったんだ?」
「そうだな……二、三十分といったところだろうか」

 どうやら、こちらには何の影響もなかったらしい。
 千年前の古代都市に行って、災禍と戦って。あれだけの濃厚な時間が、そんな短時間で過ぎていったのかという驚きでサニーとモーアンがぽかんと口を開ける。

「それで、一体何があったんだ?」
「実は……」

 一行は、これまでの経緯をシルヴァンに説明した。
 エスペラ・ムールの名を聞いた瞬間、彼の不思議な光を湛えた銀色の目が僅かに伏せられる。

「そう、か……だからエイミは母上の名を……」
「あっ、その……」
「会えなかったのは残念だが、エスペラ・ムールの人々を……母上を救ってくれて、ありがとう」

 穏やかで、嬉しそうで、けれども少し寂し気な微笑み。
 エイミはきゅっと唇を引き結び、胸元に手を置いた。

「……きっと、見守ってくださっていますよ。シルヴァンさんのことを」
「ああ、そうだな」

 彼のように心優しい魔族と、共存の道を選んだ人間と。
 このエスペラ・ムールの地に眠る人々の魂が安寧の眠りにつけるように、エイミたちはそっと祈るのだった。
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