55:まぼろしの都
月の災禍は山のような体躯で、白い硬質な体毛を全身に生やし、鋭い爪と牙をもった獣だった。
狼と大猿を足したようなその獣がひと吠えするとびりびりと空気が震え、地上の者を立ち竦ませる。
「周りがまた廃墟に……」
「さっきまでいた人たちは!?」
賑やかながら穏やかな、平和な街並みは消え失せ、本来の姿に戻ったエスペラ・ムールの残骸。
よく見れば元の場所に戻ったわけではなく、周囲は真っ暗だ。あちこちに揺らめく火の玉は、町の住民の魂だろうか。
(気さくに話しかけてくれたお兄さんも、シルヴァンさんのお母様……プラーティアさんも、みんな確かにそこにいたのに……)
かつての姿を知ってしまった今、エイミたちにはそれがひどく悲しい光景に思えた。
ひとつひとつ形や色が異なる火の玉を、クレーシェが見渡す。
『急に時間を現代に戻されたせいか……エスペラ・ムールの民の魂が動揺し、苦しんでおる』
「そりゃあ、さっきまで普通に町で暮らしてた感覚だもんな……ひでえことしやがる」
耳を澄ませば彼らの声が、悲痛な叫びが聴こえてくる。
ここはどこだ。何がどうなっているんだ。俺の体は、家族は、町は、怖い、苦しい、助けてくれ、と。
彼らにとっては今日の献立をぼんやりと考えるような、何の変哲もない日だった。
そこから実感もないまま唐突に死の現実を突きつけられれば、その絶望は計り知れない。
驚き、困惑、そして静かに湧いてくる怒り。そんなエイミたちを災禍は見下ろし、ぺろりと舌舐めずりをした。
(残虐な笑み……まるで新しい玩具を見つけたみたいね)
槍を構えたエイミはその穂先を下げ、災禍をキッとにらみつける。
「エスペラ・ムールの人たちを弄んで、許せない……!」
こんな少女がどれだけ凄んだところで、伝説の魔獣には痛くも痒くもないだろう。
事実、災禍は怯む様子もなく新たな獲物の品定めを楽しんでいる。
「ふん、悪魔と手口が似ていて胸糞悪いな」
「あんまり僕らを侮ると痛い目を見るって、教えてあげなくちゃね」
「おうよ。オレたちはここまで何度も強敵と戦って、倒してきたんだからな!」
その中には災禍も含まれるんだ、とフォンド。
完全に目覚める前とはいえ、目の前にいるこの魔物を倒すのだって、雲の上の話じゃないんだとこれまでの体験が後押ししてくれる。
「こんな無粋な奴はさっさとぶっ飛ばしちゃいましょ!」
「さんせーい!」
プリエールはしっかりと敵から距離をとり、逆にサニーはすぐさま駆け寄り撹乱と妨害に動きだす。
誰も彼もが闘志を滾らせ、瞳を鋭く煌めかせて。
「残る一体、ここで必ず叩き伏せます!」
『みんな、いくわよっ!』
エイミとミューの一声で、災禍との戦端が開かれる。
受けて立ってやろうとばかりに、獣がもう一度高らかに咆哮を響かせた。
狼と大猿を足したようなその獣がひと吠えするとびりびりと空気が震え、地上の者を立ち竦ませる。
「周りがまた廃墟に……」
「さっきまでいた人たちは!?」
賑やかながら穏やかな、平和な街並みは消え失せ、本来の姿に戻ったエスペラ・ムールの残骸。
よく見れば元の場所に戻ったわけではなく、周囲は真っ暗だ。あちこちに揺らめく火の玉は、町の住民の魂だろうか。
(気さくに話しかけてくれたお兄さんも、シルヴァンさんのお母様……プラーティアさんも、みんな確かにそこにいたのに……)
かつての姿を知ってしまった今、エイミたちにはそれがひどく悲しい光景に思えた。
ひとつひとつ形や色が異なる火の玉を、クレーシェが見渡す。
『急に時間を現代に戻されたせいか……エスペラ・ムールの民の魂が動揺し、苦しんでおる』
「そりゃあ、さっきまで普通に町で暮らしてた感覚だもんな……ひでえことしやがる」
耳を澄ませば彼らの声が、悲痛な叫びが聴こえてくる。
ここはどこだ。何がどうなっているんだ。俺の体は、家族は、町は、怖い、苦しい、助けてくれ、と。
彼らにとっては今日の献立をぼんやりと考えるような、何の変哲もない日だった。
そこから実感もないまま唐突に死の現実を突きつけられれば、その絶望は計り知れない。
驚き、困惑、そして静かに湧いてくる怒り。そんなエイミたちを災禍は見下ろし、ぺろりと舌舐めずりをした。
(残虐な笑み……まるで新しい玩具を見つけたみたいね)
槍を構えたエイミはその穂先を下げ、災禍をキッとにらみつける。
「エスペラ・ムールの人たちを弄んで、許せない……!」
こんな少女がどれだけ凄んだところで、伝説の魔獣には痛くも痒くもないだろう。
事実、災禍は怯む様子もなく新たな獲物の品定めを楽しんでいる。
「ふん、悪魔と手口が似ていて胸糞悪いな」
「あんまり僕らを侮ると痛い目を見るって、教えてあげなくちゃね」
「おうよ。オレたちはここまで何度も強敵と戦って、倒してきたんだからな!」
その中には災禍も含まれるんだ、とフォンド。
完全に目覚める前とはいえ、目の前にいるこの魔物を倒すのだって、雲の上の話じゃないんだとこれまでの体験が後押ししてくれる。
「こんな無粋な奴はさっさとぶっ飛ばしちゃいましょ!」
「さんせーい!」
プリエールはしっかりと敵から距離をとり、逆にサニーはすぐさま駆け寄り撹乱と妨害に動きだす。
誰も彼もが闘志を滾らせ、瞳を鋭く煌めかせて。
「残る一体、ここで必ず叩き伏せます!」
『みんな、いくわよっ!』
エイミとミューの一声で、災禍との戦端が開かれる。
受けて立ってやろうとばかりに、獣がもう一度高らかに咆哮を響かせた。
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