55:まぼろしの都

 柔らかな薄黄色の光が降り注ぐ、遠い過去に消えたはずの都。
 ここだけが時の流れから切り離されたような不思議な感覚をおぼえながら、慎重に辺りを見て回るエイミだったが……

「あっ、あの槍ステキね」
『またアンタはそうやって……』

 と、いつものように武器屋へふらふら足を向けようとして、ふと足が止まる。

「ミュー、あのひと」
『え?』

 エイミが見つけたのは、長い黒髪の女性。ゆるく波打ち、光を受けて青く煌めくその髪や目尻の下がった優しげな面差しはどこかで見たような気がして。

「あのひと、シルヴァンさんに似てるような……?」

 ぽつり。何気なく呟いた一言が、女性をこちらへ振り向かせた。

「今、シルヴァンって言ったの? あの子のお友達かしら?」
「あっ、その……」
「あら、ごめんなさいねいきなり。私はプラーティア。シルヴァンの母です」

 ふわ、と微笑むおっとりした女性、プラーティア。シルヴァンの気質を思うと、親子だと言われれば頷ける面影の濃さだ。
 頭にはガルディオのような魔王族の特徴であるツノがなく、シルヴァンと同じくぱっと見では人間と何ら変わらない見た目をしている。

「あの子、どこに行ったのかしら……まだ小さいから、すぐどこかに紛れちゃって」
『小さい?』
「そうなんですね。見つけたら声をかけておきます」
「ありがとう。よろしくね」

 それじゃあ、と手を振るプラーティアと別れると、入れ違いに月精霊クレーシェが姿を現した。

『此処におったか。思った以上に災禍の力が強くなって、干渉に手間取ったわ』
「クレーシェさん、ここは一体?」
『そなたも見たであろう。彼奴の力がこの島一帯の時を過去に戻し、滅びた筈の町や民も元通りになっているのじゃ』
『良いことのように聞こえるけど?』

 エスペラ・ムールの人々は幻などではなく、直接会話をし、笑い合うこともできる。
 ミューの指摘に、クレーシェは静かに首を振った。

『ざっと千年……呪いを退行させた時とは比べものにならぬほどの時間を遡ったのじゃ。たとえこの奇跡が続いても、月の光が降り注ぐこの島から一歩でも出れば、脆く崩れ去ってしまうかりそめの存在よ』

 それに、と続ける彼女の目は物憂げに伏せられ、声音も低く。

『どのみち災禍が復活してしまえば、この町は最大級の苦痛をもって二度目の滅びを迎えるであろうな』
「!」
『この町の民は生きているのではない。囚われておるのじゃ。それならば、解放してやるのが情けというもの』
「そんな……」

 エイミたちの話はそこまでで、再び景色が歪みだす。
 当たり前のように暮らしていた人々も、平和な街並みも、闇に融けて消えてしまう。

『どうやら、迷わせてもくれぬようじゃの。来るぞ……!』
「!」

 それぞれ町のあちこちに散っていた仲間たちも、町が消えたことでエイミの周りに駆けつける。
 金色の光が闇を切り裂き、獣の咆哮が響き渡った。
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