4:ルクシアルへ続く道
エイミたちが声を頼りに駆けつけたのは、横穴を結ぶ細い橋のような道だった。
ひと一人がすれ違えるだけの幅はあるが手すりも何もなく、今しがたの揺れで崩れたのか、一箇所抉れたように狭くなっているところがある。
『あっ、あれ!』
その抉れた箇所にしがみつく手を見つけ、ミューが叫んだ。身なりから神官らしき男が、今にも落ちそうにぶら下がっている。
「だ、誰かいるのかい? さっきの揺れで足元が崩れちゃって……悪いけどちょっと助けてくれないかなぁ?」
「今行きます!」
言うが早いかすぐさまエイミが駆け寄り、神官に手を差し伸べる。
「えっ、お嬢ちゃんがかい?」
神官が驚くのも無理はない。普通に見ればエイミは成人男性より明らかに小柄で華奢。色白さも手伝ってとても彼を引き上げられそうにない可憐な少女に見えるのだから。
「おいエイミ、オレも手伝……」
「じゃあいきますよ!」
「「えっ」」
すぽーん。
エイミの手によって畑の野菜を引っこ抜くように神官が引き上げられ、何が起きたかわからぬまま宙を舞って尻から着地する。
幸い、その衝撃で足場が新たに崩れるということはなかったようだ。
「うひゃっ!?」
「ご、ごめんなさい、勢い余ってしまって……」
「あはは、大丈夫大丈夫……あの下に落ちてたらこんなもんじゃ済まなかったよ」
神官は片手で腰をさすりながらもう片方の手で橋の下を指し示す。
遥か下には水が流れてはいるが、打ちどころが悪ければどうなるかわからない高さだ。
「ありがとう、助かったよ。僕はルクシアルの神官モーアンだ」
胡桃色のふわふわした髪を後ろで括り、薄緑の目をふにゃりと細めるモーアンは、二十代半ばくらいの穏やかそうな男性だ。
それなりの長身でありながら威圧感を全く感じないのは、その柔和な表情とのんびりした声のおかげだろう。
「グリングランから来たフォンドだ」
「ドラゴニカの……見習い竜騎士エイミ、です」
『エイミのパートナー、ミューよ』
この道中でだいぶ呼ばれ慣れてきたが、自分から偽名を名乗るのはまだ少しぎこちないエイミ。
モーアンはそんな彼女を含め彼らを順々に見ると、胸に手をあて、神官らしく微笑んだ。
「ふむふむ……何かお困りのようだね。よければルクシアルまで案内しようか」
「えっ、いいんですか?」
「いやぁ、実のところさっき足を滑らせた時に下に杖を落としてしまってね。丸腰でひとりじゃ心許ないから、強そうな君たちにくっついて行きたいなぁと」
つまり安全な町までついて行って、護身用の新しい杖を買いたいのだという。
村へ引き返さなくて良いのはエイミたちからすれば願ってもないことで、お互い静かに頷きあう。
「モーアンさんは、お急ぎじゃないんですか?」
「ああ、いやまあ、急いでるっちゃそうなんだけど……そもそも行き先もわからない相手を追う旅だしねぇ。気長にやるしかないかな」
「行き先もわからない……?」
不思議そうにぱちくりと目を瞬かせてエイミが見上げると、モーアンの瞳に一瞬だけ悲しげな陰りが見えた。
「……そうだね。せっかくのご縁だ。道すがら話しながら行こうか。別々のところから来た、全く違うものを抱えていそうなきみたちの事情も、ね」
モーアンはもと来たであろう方向、ルクシアルへと続く道を歩き出す。
年長者の背中を、エイミたちは頼もしげに見ていたが……
「うひゃあ、魔物が出たぁ! ごめん、あとよろしくっ!」
『このヒト、ホントにひとりで旅できんの……?』
武器をなくしたとはいえ魔物と遭遇するなり情けない声をあげてフォンドの後ろに逃げ込んでしまう姿は、頼もしさの欠片もなかった。
ひと一人がすれ違えるだけの幅はあるが手すりも何もなく、今しがたの揺れで崩れたのか、一箇所抉れたように狭くなっているところがある。
『あっ、あれ!』
その抉れた箇所にしがみつく手を見つけ、ミューが叫んだ。身なりから神官らしき男が、今にも落ちそうにぶら下がっている。
「だ、誰かいるのかい? さっきの揺れで足元が崩れちゃって……悪いけどちょっと助けてくれないかなぁ?」
「今行きます!」
言うが早いかすぐさまエイミが駆け寄り、神官に手を差し伸べる。
「えっ、お嬢ちゃんがかい?」
神官が驚くのも無理はない。普通に見ればエイミは成人男性より明らかに小柄で華奢。色白さも手伝ってとても彼を引き上げられそうにない可憐な少女に見えるのだから。
「おいエイミ、オレも手伝……」
「じゃあいきますよ!」
「「えっ」」
すぽーん。
エイミの手によって畑の野菜を引っこ抜くように神官が引き上げられ、何が起きたかわからぬまま宙を舞って尻から着地する。
幸い、その衝撃で足場が新たに崩れるということはなかったようだ。
「うひゃっ!?」
「ご、ごめんなさい、勢い余ってしまって……」
「あはは、大丈夫大丈夫……あの下に落ちてたらこんなもんじゃ済まなかったよ」
神官は片手で腰をさすりながらもう片方の手で橋の下を指し示す。
遥か下には水が流れてはいるが、打ちどころが悪ければどうなるかわからない高さだ。
「ありがとう、助かったよ。僕はルクシアルの神官モーアンだ」
胡桃色のふわふわした髪を後ろで括り、薄緑の目をふにゃりと細めるモーアンは、二十代半ばくらいの穏やかそうな男性だ。
それなりの長身でありながら威圧感を全く感じないのは、その柔和な表情とのんびりした声のおかげだろう。
「グリングランから来たフォンドだ」
「ドラゴニカの……見習い竜騎士エイミ、です」
『エイミのパートナー、ミューよ』
この道中でだいぶ呼ばれ慣れてきたが、自分から偽名を名乗るのはまだ少しぎこちないエイミ。
モーアンはそんな彼女を含め彼らを順々に見ると、胸に手をあて、神官らしく微笑んだ。
「ふむふむ……何かお困りのようだね。よければルクシアルまで案内しようか」
「えっ、いいんですか?」
「いやぁ、実のところさっき足を滑らせた時に下に杖を落としてしまってね。丸腰でひとりじゃ心許ないから、強そうな君たちにくっついて行きたいなぁと」
つまり安全な町までついて行って、護身用の新しい杖を買いたいのだという。
村へ引き返さなくて良いのはエイミたちからすれば願ってもないことで、お互い静かに頷きあう。
「モーアンさんは、お急ぎじゃないんですか?」
「ああ、いやまあ、急いでるっちゃそうなんだけど……そもそも行き先もわからない相手を追う旅だしねぇ。気長にやるしかないかな」
「行き先もわからない……?」
不思議そうにぱちくりと目を瞬かせてエイミが見上げると、モーアンの瞳に一瞬だけ悲しげな陰りが見えた。
「……そうだね。せっかくのご縁だ。道すがら話しながら行こうか。別々のところから来た、全く違うものを抱えていそうなきみたちの事情も、ね」
モーアンはもと来たであろう方向、ルクシアルへと続く道を歩き出す。
年長者の背中を、エイミたちは頼もしげに見ていたが……
「うひゃあ、魔物が出たぁ! ごめん、あとよろしくっ!」
『このヒト、ホントにひとりで旅できんの……?』
武器をなくしたとはいえ魔物と遭遇するなり情けない声をあげてフォンドの後ろに逃げ込んでしまう姿は、頼もしさの欠片もなかった。