プロローグ
広い大海原を走る、大きな船。
中央大陸にある“世界に繋がる港”リプルスーズを出た定期船は、多くの客を乗せて南へ針路をとる。
波も穏やかでゆったりとした船旅。旅人たちには、海の風や景色を楽しむ余裕すらあった。
「綺麗ね……」
腰まである長い水色の髪の少女が、風を感じながら海原を見つめる。
白い肌、ほっそりとした体の背には、まるで似つかわしくない槍を携えて。
軽鎧を纏ったその肩で、ちょこんと動いたのは小さな蛇……ではなく、少女の髪をゆるく束ねているものと同じ白いリボンを首につけた竜。
『今、この世界に起きつつあるコトなんてウソみたいよねぇ』
竜は彼女の言葉に同意し、しみじみと頷いた。大きな目を細め、水平線の向こうにじっと視線を置く。
「このまま“何も起きなかった”ことにできりゃあいいんだけどな」
そう言って背後から現れ、少女の隣に立った青年を竜は睨み、ふたりの間に移動する。
黒鳶色の髪を高く結った青年はそれを気にも留めずに、見上げる少女に視線を合わせた。
「ところがどっこい、もう“何か”は起きているんだよ」
そこに神官服の男性が、めんどくさそうな声音で会話に参加する。
胡桃色のふわふわした髪を掻きながら、ゆるいあくびをひとつして。
「僕だってルクシアルでのんびり気楽に暮らしたかったのにさぁ……って、きみの前で言うことじゃなかったね」
己の失言に途中で気づいた神官は「ごめん」と気まずそうに少女に向き合うが、彼女は首を横に振り、
「いえ、そんな……居ても立っても居られないのはお互い様だと思います」
「そうだぜ。世界を巻き込んだ話には違いねえんだからさ」
青年もそこに続き、気にするなと胸を叩く。
そう。彼らの住んでいた国、旅立ちのきっかけはそれぞれ違うもの。事件の規模は異なるが、どれもいずれは世界の危機に繋がることだった。
「……世界、か。ちょっと前までは想像もしなかったな。自分がそんなでかい事件に巻き込まれるなんて」
「そりゃそうだろ。オレだって親父と毎日修行三昧のつもりだったからな」
『やたら汗臭い日々ね……』
呆れた竜の呟きに、少女が思わず吹き出す。
一行の中で最も重い境遇の彼女だが、共に旅をする仲間と出会ったことで笑顔が戻ってきて、ほんの少しだが心のゆとりも増えてきていた。
「修行でしたらわたしもぜひ! ご一緒させてほしいです!」
「おっ、いいな。きっと楽しくなるぜ!」
興奮に頬を紅潮させ、目を輝かせて。愛らしい顔立ちの少女にそんな風に迫られたら思わずときめいてしまいそうだが、彼女が口にするのは鍛錬や筋肉の話ばかり。
そして青年も笑顔で話題に乗っかっていて……
『なんでアンタまでそう汗臭い方面に加わろうとするのよっ!』
「まぁ、いつものことだけどね……」
きぃきぃと甲高い声で喚く竜に、慣れた様子で神官が笑った。
――生まれも育ちもまるで違う場所。恐らく一生交わることがなかったかもしれない、そんな彼らの道は今同じ方向へとのびている。
彼らの巡り合わせは、女神レレニティアの導きゆえか。
物語は、彼らが出会う少し前から幕を開ける――。
中央大陸にある“世界に繋がる港”リプルスーズを出た定期船は、多くの客を乗せて南へ針路をとる。
波も穏やかでゆったりとした船旅。旅人たちには、海の風や景色を楽しむ余裕すらあった。
「綺麗ね……」
腰まである長い水色の髪の少女が、風を感じながら海原を見つめる。
白い肌、ほっそりとした体の背には、まるで似つかわしくない槍を携えて。
軽鎧を纏ったその肩で、ちょこんと動いたのは小さな蛇……ではなく、少女の髪をゆるく束ねているものと同じ白いリボンを首につけた竜。
『今、この世界に起きつつあるコトなんてウソみたいよねぇ』
竜は彼女の言葉に同意し、しみじみと頷いた。大きな目を細め、水平線の向こうにじっと視線を置く。
「このまま“何も起きなかった”ことにできりゃあいいんだけどな」
そう言って背後から現れ、少女の隣に立った青年を竜は睨み、ふたりの間に移動する。
黒鳶色の髪を高く結った青年はそれを気にも留めずに、見上げる少女に視線を合わせた。
「ところがどっこい、もう“何か”は起きているんだよ」
そこに神官服の男性が、めんどくさそうな声音で会話に参加する。
胡桃色のふわふわした髪を掻きながら、ゆるいあくびをひとつして。
「僕だってルクシアルでのんびり気楽に暮らしたかったのにさぁ……って、きみの前で言うことじゃなかったね」
己の失言に途中で気づいた神官は「ごめん」と気まずそうに少女に向き合うが、彼女は首を横に振り、
「いえ、そんな……居ても立っても居られないのはお互い様だと思います」
「そうだぜ。世界を巻き込んだ話には違いねえんだからさ」
青年もそこに続き、気にするなと胸を叩く。
そう。彼らの住んでいた国、旅立ちのきっかけはそれぞれ違うもの。事件の規模は異なるが、どれもいずれは世界の危機に繋がることだった。
「……世界、か。ちょっと前までは想像もしなかったな。自分がそんなでかい事件に巻き込まれるなんて」
「そりゃそうだろ。オレだって親父と毎日修行三昧のつもりだったからな」
『やたら汗臭い日々ね……』
呆れた竜の呟きに、少女が思わず吹き出す。
一行の中で最も重い境遇の彼女だが、共に旅をする仲間と出会ったことで笑顔が戻ってきて、ほんの少しだが心のゆとりも増えてきていた。
「修行でしたらわたしもぜひ! ご一緒させてほしいです!」
「おっ、いいな。きっと楽しくなるぜ!」
興奮に頬を紅潮させ、目を輝かせて。愛らしい顔立ちの少女にそんな風に迫られたら思わずときめいてしまいそうだが、彼女が口にするのは鍛錬や筋肉の話ばかり。
そして青年も笑顔で話題に乗っかっていて……
『なんでアンタまでそう汗臭い方面に加わろうとするのよっ!』
「まぁ、いつものことだけどね……」
きぃきぃと甲高い声で喚く竜に、慣れた様子で神官が笑った。
――生まれも育ちもまるで違う場所。恐らく一生交わることがなかったかもしれない、そんな彼らの道は今同じ方向へとのびている。
彼らの巡り合わせは、女神レレニティアの導きゆえか。
物語は、彼らが出会う少し前から幕を開ける――。