3:星見の丘を越えて

 少しだけ別行動をとりつつ、行く先々で鉢合わせして。
 行動パターンが似ているのもあるが、それほど大きくない村では行く場所も限られて、結局エイミとフォンドは大半の時間を共に過ごすことになった。
 夜、宿屋の一室にて。一人部屋で休んでいたエイミの耳に、軽いノックの音が届く。

「ミュー?」
「わりぃ、オレだ」

 ドア越しの声はフォンドのもので、エイミはベッドから立ち上がって彼を迎え入れる。ミューがいれば大騒ぎするところだが、ここに彼女の姿はない。
 テーブルの上に置かれた手つかずの食事はおそらくミューのためにとっておいたのだろう。窓が開いているのは、そこから帰ってくるからか……それらを一瞥して、フォンドは視線を戻す。

「あいつ、まだ帰ってないんだな。心配だろ?」
「きっと特訓しているんです」
「特訓?」

 はい、と俯いたエイミは言葉を選びながら話し始める。

「わたしたち……竜騎士とパートナーの竜は一心同体です。離れていても繋がっていて、声に出さなくても心で会話できるし、相手に何かあればすぐわかるんです」
「だから心配する必要はねえって?」

 フォンドの問いかけに、返ってきたのは頷きだった。

「あの子は、平和だったこの時代に修練を積まずにいました。力が必要ない時代なら、それもひとつの選択です」
「そうだな。強制はできねえ。オレは修行に明け暮れてたけど、町の人たちからは変わり者呼ばわりだったよ」
「牙なき人々を守る力になる……それも選択、ですね。ドラゴニカでも全員が戦えるわけではありません。竜のパートナーがいても、それは同じです」

 つい先日までは、それで良かった。もちろんミューも、エイミの隣で日々楽しく笑っていられただろう。
 魔族に襲われたあの日、状況は一変した。城を奪われたドラゴニカの生き残りである彼女たちは、否応なしに戦いの宿命へと投げ込まれてしまったのだ。

「いきなり戦わなきゃならなくなったんだからキツいよな……」
「ええ。ミューはあまり素直になれないけど、本当は優しい子なんです」
「エイミのこと、いつも心配してるもんな」

 フォンドに対して当たりが強いのも、エイミを守ろうとするから。そんなミューの真意が伝わっていたのが嬉しくて、エイミは目を細めた。

「で、特訓の手伝いとかはしなくていいのか?」
「それは……あの子、結構照れ屋さんで……努力してるところ、他の人に見られたくないんです。リプルスーズでもこっそり抜け出してましたし」
「な、なるほど」

 照れ屋と言われれば、どことなく納得できるような……ミューの態度を思い返し、フォンドが苦笑する。

「じゃ、信じて待つしかないかな」
「はい。あ、でもそろそろ……」
『ただいまー! ゴメン、すっかり遅くなっちゃっ……』

 噂をすれば何とやら。ちょうどそこにミューが帰ってきた。
 開けてあった窓から入ってきた彼女は、エイミと、そして夜遅くにやって来ていたフォンドを順番に見る。
 気のせいだろうか、ゴゴゴゴと地鳴りのような音を背負って震え……

『……アンタ、こんな時間にレディの部屋に何の用……?』
「へ?」

 グリングランの英雄は女性への接し方など教えてはくれなかった。幼少期に引き取られむさ苦しい男所帯で育ったフォンドは、町のおばちゃんと気さくに話すことはできても、ミューが怒る理由はわからないようだ。
 そんな事情を知る由もなく、先程までのふたりの会話も知らないミューは鼻息荒くフォンドをつつき回し、追い立てていく。

『油断も隙もないわよこのヘンタイっ! さっさと出ていきなさぁい!』
「な、なんだよもー!」

 たまらず追い出されたフォンドの背後で、バタンと閉まるドア。

「ご、ごめんなさいフォンド! また明日!」
「お、おう、おやすみ!」

 ドアを隔てて慌ただしく終わったやりとり。足音が完全に遠のいたのを確認して『アンタも気をつけなさいよ!』とエイミを睨むミュー。
 輝ける都ルクシアルまで、あとわずか。こうして、小さな村での騒がしい夜は更けていった。
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