44:聖都を襲った悪夢

 神殿の中は前に来た時と変わらず、意外にも荒らされた様子はなかった。
 てっきり町中のように破壊し尽くされたのかと思ったのだが……代わりにあちこちで倒れている神官を見つけ、エイミがすかさず駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?」
「う……うーん」

 上体を起こされた青年神官が、重たい瞼を開ける。
 ぼんやりと呆けているようだが、外傷は見当たらない。

「あれ、ノクスは……?」
「え?」
「あいつ、久しぶりに帰ってきたかと思ったら、なんだか様子がおかしくて……声をかけようとした後、急に酷い眠気に襲われて……」
『眠りの魔法だな……それ以外に何かされたような痕跡はないようだ』

 ぼそりと呟いたのは眠りを司る闇精霊。以前ドラゴニカでサニーが門番に使ったものと同じなら、一時的にただ眠らせるだけの効果しかない。

「余計な妨害を受けないように一時的に無力化したんだろうね。うちの神官に攻撃魔法を扱える人はほとんどいないけど、それでもここにいる大勢に抵抗されたら厄介だろうから」
「町はあんなに目茶苦茶にしているのに、同僚には優しいんだな?」

 シグルスの皮肉めいた言葉に、モーアンは「それ」と指をさした。

「逆さ。町の破壊だけが派手だったんだよ。魔族に従わされたドラゴニカの女王様みたいにね」
「!」

 びく、とエイミが身を強張らせた。
 ドラゴニカの女王であるパメラは魔族の王ガルディオによって命を握られ、彼に従わざるをえなくなっている。
 そんな彼女が魔物を率いてグリングランを襲撃した時も、今回と同じように破壊活動を派手にする代わりに人的被害は最小限に抑えられていた。

「じゃあ、ノクスさんも何か弱味を握られていたり……?」
「可能性はあるね」
「くそっ、どいつもコイツもひきょーモンばっかかよ!」

 正義感が強く曲がったことを嫌う――この場にいる仲間全員が多かれ少なかれそういった面をもつが、とりわけその傾向が強く表に出やすいフォンドの憤りの声が神殿内に響く。

「禁呪の魔法士だか金魚の魔法ビンだか知らねえが、他人を操って、まどろっこしいマネして……正々堂々真正面から来やがれってんだ!」

 そんな彼を横目に、ふう、と溜息を吐くモーアン。
 仲間の感情的な姿を見て、頭から熱が降りていく。

「……禁呪の魔法士にいま真正面から来られたら僕たちに勝ち目はないと思うよ」
「モーアンさん!?」
「ルクシアルに来る途中に“星見の丘”があったろ? あれは千年前にできた場所なんだ」

 旅の初期にルクシアルへ向かう際、通った道。山とも呼べない小さな高地がいくつもそびえ、低地は迷路のようになっていた不思議な地形の“星見の丘”。
 それが千年前にできたということと、禁呪の魔法士ケイオスと何か関係があるのだろうか……疑問符を浮かべるエイミたちのもとに、新たな人影が歩み寄る。

「……そうだ。星見の丘のあの奇妙な地形は古代の禁術によるものだ。星を降らせ、地形を変えてしまうほどのな……」
「ルーメン様!」

 モーアンのものより位が高そうな神官服を身にまとい、顎髭をたくわえた壮年男性。このルクシアルで最高位の大神官ルーメンが、重い足取りで現れた。
 見たところ彼も怪我はなかったようで、ほ、とモーアンが胸を撫で下ろす。

「良かった、ご無事で……ノクスは現れなかったんですか?」
「ああ、現れたさ。穢れた闇の気配を纏ってな」

 ルーメンはそう言うと、スッと右手で聖堂の扉を示す。

「ひとまず奥の聖堂に来てほしい。詳しい話はそこでしよう」

 低く、抑えた声音に一同が思わず背筋を正す。
 自動人形に町を襲わせている間に、神殿では何が起きていたのか……嫌な予感が彼らの胸中をよぎった。
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