43:道化師はかく語りき

 悪魔イルシーの手から解放された木の精霊は、生命力を司るというだけあって、森のエネルギーを吸ってみるみる回復していった。
 けれども心に負った傷や、先刻エイミたちの前から逃げ出した気まずさは消えず残っている。

『あ……ありがと。助かったよ』
「無事で何よりね。あの悪魔、あなたを捕らえてどうするつもりだったのかしら?」

 プリエールの問いかけに、木精霊ベルシュは躊躇いがちに口を開く。

『アイツはレニちんを恨んでるから、千年前の腹癒せに来たんだって。ホントはエルフをどうこうするつもりだったんだけど、結界のせいで入れなかったってプンスカしてて……』

 この森の奥にあるエルフの集落は、ハーフエルフだったレレニティアのルーツだ。
 ディフェットやミスベリア、幽霊船での手口を考えると、エルフたちにも“澱み”を回収できる何らかの術をかけるつもりだったのだろうか。

「エルフは魔法のエキスパートよ。それにあたしたち人間が知らないような古代術も扱えるらしいじゃない。そんなエルフ相手に悪魔の術が通用する……?」
『うん。だからもうストレートにエルフを滅ぼすつもりだったって言ってた』
「!」

 エルフを滅ぼしてしまえば邪魔者が減る上に、その魂を悪霊に堕として幽霊船のように……新たな生者を引き込むことはできないだろうが、苦痛を無限に与え続けられると。
 悪魔は恨みを晴らせて、おまけに極上の糧を得ることができる、文字通り“オイシイ”作戦なのだという。

「どこまでも、命と心を弄びやがって……」
「得意気にペラペラ喋ってくれたおかげで、わかったことも多いけどね」

 年長のモーアンは怒りを飲み込み、ふっと笑ってみせる。

「まず、悪魔の繋がりだ。イルシーの口振りと彼が指示していた悪魔との差から、彼とミスベリアにいたテプティは恐らく仲間で、おおよそ同格の存在だろうね」
「イルシーはテプティからミスベリアの状況を聞いていたっぽいから、アタシたちがミスベリアを取り戻した後にふたりは少なくとも一回は会ってるってこともだよ」

 次いで情報の整理に参加したのはサニー。シグルスと同じく悪魔に因縁深い彼女だが、意外と冷静に話し始めた。

「……でも、あっさり退いたのが気になるわね。国ひとつを危機に陥れた悪魔なのに……」
「戦闘能力はそんなに高くないのか、或いは他の理由があったのか。たとえば“今は”戦えないとか?」

 プリエールとモーアンが意見を交わし合っていると、ベルシュがふわふわと間に入る。

『あのね、アイツまだ力が戻りきってないって言ってたよ。澱みを集めてるのもそのためだって』
「そういえば、ガルディオもまだ封印が残っているから力が出せないってシルヴァンさんが言っていたような……」
「禁呪の魔法士も派手に動いていないあたり、そういうことなんじゃないかしら?」

 レレニティアと戦い、封印された三勢力はどれもまだ本調子ではないようだ。
 もちろん、決めつけるのは危険だが……ああでもないこうでもないと意見が飛び交う中、

『……よぉし、決めた!』

 木の精霊、レレニティアの友でもあるベルシュは一大決心に俯いていた顔を上げ、拳を高く突き上げた。
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