43:道化師はかく語りき
木の精霊ベルシュを捕らえた“千変万化のイルシー”という道化師のような姿をした悪魔は、精霊を盾にしながらふざけた口調で語りだす。
「遥か昔、アナタたちがまだまだ毛の先ほども存在もしていなかった千年前。ワレワレはメガミとなる女、レレニティアに敗れまシタ。そこで、レレニティアの種族“ハーフエルフ”に呪いをかけた。ソコまではご存知でショ?」
そこまでは族長の話からつい先刻エイミたちも知ったところだ。
しかし“エルフを森へ閉じ込めた”というイルシーの発言には、どうやらこちらの想像とは別の意図がありそうだ。
「実はアレね、いつかワレワレが封印から復活した時に、ワレワレの気配を察知できる邪魔モノが外の世界に現れないよう、時間をかけて仕込んだんですヨ。お陰でエルフも今は立派なヒキコモリ。ウッフ、いーい気味ッ!」
井戸端会議の婦人がここだけの話をするようにちょいちょいと手招きしながらイルシーは語る。
以前、ディフェットで対峙した悪魔も同じようなことを言っていた。
人々の負の感情である“澱み”を集めるべく暗躍する悪魔からすれば、エルフやその血を引く者があちこちにいると活動しにくいのだろう。
「まァ、ハーフエルフが嫌われモノになったのはついでのオマケですネ。ソッチはソッチで良い“澱み”を生み出してくれまシタが……」
「!」
時にはわけもなく疎まれ、蔑まれ、迫害を受けてきたシグルス。
肉親とも引き離され、長年苦しんできたその理由が“ついで”などと言われて、彼の憤りは想像するに余りある。
ちら、と仲間たちの視線がシグルスに集まった瞬間、彼は力強く踏み込み、剣を抜き放った。
「黙れッ!」
「ウヒャッ!?」
鋭い剣閃はすんでのところでイルシーに躱されたが、その弾みで囚われていたベルシュが解放され、音もなく地に落ちる。
「ベルシュ!」
『た、助かったぁ~……』
素早く駆け寄ったサニーが精霊を掬い上げ、モーアンの両手へふわりと託す。
「ひどく消耗しているね。回復魔法が効果あるかはわからないけど……」
『うう、だいじょぶ……これくらいなら少し休めば復活するから……』
木の精霊なだけあって、森のエネルギーが精霊のもとに集まっているのが見える。
彼女の住処であるここは、回復にも適した場所なのだろう。
「チッ、まぁいいでショウ。精霊の“澱み”というとても貴重なモノをイタダキましたからネ。アア、どんな甘美な味がするのカ・シ・ラ?」
じゅるり。悍ましい舌舐めずりの音に一同が顔をしかめた。
イルシーは二、三歩飛び退くと妖しげに両手を動かし、宙に円を描く。
「そうと決まれば帰ってディナータイムですヨ。ではでは、バヨナラー!」
「ま、待て!」
銀の刃が悪魔を捉えたと思った瞬間、真っ二つになるはずだったその姿は霞のように掻き消えてしまう。
二度目の剣は虚しく空を切り裂いて、ようやく見つけた宿敵に届くことはなく……
「……逃がしたか」
ぐ、と拳を握り締め俯くと、シグルスは剣を鞘に仕舞いながら吐き捨てるように呟くのだった。
「遥か昔、アナタたちがまだまだ毛の先ほども存在もしていなかった千年前。ワレワレはメガミとなる女、レレニティアに敗れまシタ。そこで、レレニティアの種族“ハーフエルフ”に呪いをかけた。ソコまではご存知でショ?」
そこまでは族長の話からつい先刻エイミたちも知ったところだ。
しかし“エルフを森へ閉じ込めた”というイルシーの発言には、どうやらこちらの想像とは別の意図がありそうだ。
「実はアレね、いつかワレワレが封印から復活した時に、ワレワレの気配を察知できる邪魔モノが外の世界に現れないよう、時間をかけて仕込んだんですヨ。お陰でエルフも今は立派なヒキコモリ。ウッフ、いーい気味ッ!」
井戸端会議の婦人がここだけの話をするようにちょいちょいと手招きしながらイルシーは語る。
以前、ディフェットで対峙した悪魔も同じようなことを言っていた。
人々の負の感情である“澱み”を集めるべく暗躍する悪魔からすれば、エルフやその血を引く者があちこちにいると活動しにくいのだろう。
「まァ、ハーフエルフが嫌われモノになったのはついでのオマケですネ。ソッチはソッチで良い“澱み”を生み出してくれまシタが……」
「!」
時にはわけもなく疎まれ、蔑まれ、迫害を受けてきたシグルス。
肉親とも引き離され、長年苦しんできたその理由が“ついで”などと言われて、彼の憤りは想像するに余りある。
ちら、と仲間たちの視線がシグルスに集まった瞬間、彼は力強く踏み込み、剣を抜き放った。
「黙れッ!」
「ウヒャッ!?」
鋭い剣閃はすんでのところでイルシーに躱されたが、その弾みで囚われていたベルシュが解放され、音もなく地に落ちる。
「ベルシュ!」
『た、助かったぁ~……』
素早く駆け寄ったサニーが精霊を掬い上げ、モーアンの両手へふわりと託す。
「ひどく消耗しているね。回復魔法が効果あるかはわからないけど……」
『うう、だいじょぶ……これくらいなら少し休めば復活するから……』
木の精霊なだけあって、森のエネルギーが精霊のもとに集まっているのが見える。
彼女の住処であるここは、回復にも適した場所なのだろう。
「チッ、まぁいいでショウ。精霊の“澱み”というとても貴重なモノをイタダキましたからネ。アア、どんな甘美な味がするのカ・シ・ラ?」
じゅるり。悍ましい舌舐めずりの音に一同が顔をしかめた。
イルシーは二、三歩飛び退くと妖しげに両手を動かし、宙に円を描く。
「そうと決まれば帰ってディナータイムですヨ。ではでは、バヨナラー!」
「ま、待て!」
銀の刃が悪魔を捉えたと思った瞬間、真っ二つになるはずだったその姿は霞のように掻き消えてしまう。
二度目の剣は虚しく空を切り裂いて、ようやく見つけた宿敵に届くことはなく……
「……逃がしたか」
ぐ、と拳を握り締め俯くと、シグルスは剣を鞘に仕舞いながら吐き捨てるように呟くのだった。
