42:最後の精霊

 シルワ島の中心から、今度は外側へ。土や葉、時折木の枝を踏む音をさせながら逃げ出した精霊を追っていくと、くねくねと動く巨大な花……一度見れば二度と間違えようがないビジュアルの森の番人ミハリソウと再会した。

「あっ、ミハルっち!」
『オウ、おめーらどうした? さっきベルシュ様が泣きながら森の外に……』
「どっち!?」
『あ、あっちだぜ』
「ありがとっ!」

 顔を合わせたのも束の間で、ほとんど止まることなくミハルが指し示した方角へと駆けていくサニーたち。
 嵐のような出来事にぽかんとする森の番人を振り返る余裕はない。
 精霊には実体がなく、複雑に木々が生い茂るこの森においても障害物など存在しないが、一行にとってはそうはいかないのだから。

「ぜえっ、どこまで、い、行っちゃったんだ、ろうね……はぁ、はぁ……」
「モーアン兄ちゃん、少し休む?」
「が、がんばる……でもちょっと走りにくくてね……回復魔法じゃこういうのは癒せないからなぁ」

 曲りくねりながら突き出た木の根やでこぼこの石ころで隆起した森の地面は転ばないよう気をつけて走るだけで体力を削られる。
 モーアンが生まれ育ったルクシアルは多くの人々が訪れる都市なだけあって、あちこち舗装されている。ただでさえこの中では体力で劣る彼にとって、ここは厳しい環境であった。

「わたしが抱えていきましょうか?」
「う、うん……なんか大事なものを失いそうだから遠慮しとくよ」

 ドラゴニカの竜の血を引くエイミなら、モーアンのひとりやふたり軽々と抱えられる力があるのは事実。それは仲間の誰もが知るところなのだが……
 高嶺に咲く白い花のように可憐な少女にひょいっと抱えられる成人男性の図は、どう言い訳しても情けないものになるだろう。

「ちょっと面白い絵面になるわね」
「俺は見てみたいがな」
「ちゃんと走るから黙っててそこのふたり! 僕だってこの旅で体力つけたんだからねっ!」

 プリエールとシグルスに続けざまにからかわれ、ムキになるモーアンだったが……

『きゃーーーーっ!』
「!」

 ベルシュらしき悲鳴に全員の顔つきが一気に真剣さを取り戻す。
 聴こえてきた位置からして、もう目と鼻の先だ。

「今のは……」
「この気配まさか……急ぐぞ!」

 我先に走り出したシグルスは、精霊の他に何者かの気配を感じ取ったようだ。
 エルフの血を半分引いている彼にしかわからないそれは、恐らく……

「……思ったよりやばい状況かもな」

 そう呟いたフォンドは、もはや無駄とも知りつつも、嫌な予感が当たってしまわないよう密かに祈るのだった。
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