42:最後の精霊

 シルワ島の中心に根を張る大樹は緑色の光の粒をあちこちに漂わせ、神々しい佇まいでエイミたちを迎えた。
 そしてそこに住まう大精霊ベルシュは……

『なんか懐かしー気配がすると思ったらレニちんの聖なる種子じゃん! なになに、どったのー?』

 エイミたちの周囲をふよふよと飛び回り、大騒ぎするベルシュ。騒がしいのに慣れないシグルスがシワの寄った眉間を押さえ、俯く。

「……頭と耳がキーンとしてきた」
「元気な精霊さんねぇ……そういえば木の精霊は“生命力”を司るとも聞いてたけど」

 それにしても生命力に満ち溢れ過ぎだろう、とシグルスが呻く。
 闇精霊が彼女を苦手と言っていた理由を、一行は瞬時に理解した。

『ベルシュ……実はかくかくしかじかでのう……』
『ほへ?』

 最初期から旅に同行していた光精霊が、これまでの経緯を説明する。
 これまで出会った精霊たちは何らかの異変を感じ取っていたり、或いは“穢れ”を注ぎ込まれ暴走するなど、何かしらの影響を受けていたりしたのだが……

『あー、千年前のアレね。気づいてる気づいてる。世界、滅ぼされちゃうかもねー?』
「ええ!?」

 あっけらかんとした物言いに、精霊含めた全員の目が点になる。

『……けど、そっか。レニちんは滅んじゃヤなんだね』
『たぶん、のう。そうでなければ種子を託したりはするまいて』
『むぅ、そゆコトなら手伝わないワケにはいかないかぁー』

 まるで女神が望むなら、このまま滅んでも良いとも聞こえる木精霊の発言。
 彼女にとっての世界の比重など、そんなものなのだろうか。

『彼女はレニのことが大好きでな。幼き頃から見てきた彼女を“女神”にしたこの世界をあまり良く思っておらぬ』
「そうなんですね……」

 月精霊の言葉に、エイミはヒトだった頃の女神と精霊の関係に思いを馳せる。
 と、そんな彼女の隣に相棒の竜がふわふわと飛んできた。

『ちょっとわかるかも……私もエイミにものすごい力があって世界を救って、そのまま女神になっちゃったらフクザツよ』
「そうなの?」
『女神っていっても精霊より大きな制約があるように見えたでしょ? ルクシアルで私たちに声をかけるのがやっとだったじゃない。エイミと気軽に話したり顔も見られなくなるんだったら、私は嫌だわ』

 ミューがしみじみとそう言うと、すかさずベルシュがふたりの元へ駆けつける。

『だしょ!? ハナシわっかるー! ウチもそれがイヤだったワケ! レニちんもみんなと同じくらいの年頃でそんな運命背負わされたんよ?』
「ベルシュさん……」

 エルフの族長から、ベルシュとレレニティアの関係はちょうどエイミとミューのように、仲の良い姉妹といった感じだったと聞いていた。

『……旅になんか、行かせなきゃ良かった。そしたらレニちんも……』
「そうしたら、世界が滅んでいたでしょう。レレニティアさんも、あなたも一緒に」
『!』
「だから、レレニティアさんは旅に出たんだと思いますよ。守りたい世界の中に、あなたも含まれていたから……って、わたしの想像でごめんなさい」

 カッと、ベルシュの顔が赤くなり、その表情が険しくなる。
 エイミの話は憶測でしかないが、誰よりもレレニティアを知るベルシュから否定の言葉は出てこない。

『わかってる……わかってるよぉ!』
『ベルシュ!』

 弾かれたように飛び出すベルシュは誰にも止められなかった。
 彼女が消えたのは、ちょうどエイミたちが来た道の方向で……

「あっ……」
「急いで追いかけるぞ!」

 余計なことを言ってしまっただろうかと俯くエイミの手を、フォンドが強く引いて走り出す。
 仲間たちはそれに続く形で、島の外側へと向かうのだった。
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