40:思い出との再会
物心ついた頃には“じっちゃん”と呼び慕う老人に育てられていたサニーには、両親の記憶がない。
じっちゃんが言うには、砂漠で魔物に襲われてまだ赤子のサニーを守るようにして亡くなったのだという。
サニーという名前は、じっちゃんが通りすがった時点で既に瀕死の母親からかろうじて聞き出せたものだったらしい。
そんな彼女に両親の思い出など、あるはずもなかった。
「確かに、辛い記憶が残ってたら兄ちゃんが苦しんだかもしれない……けど、せっかくあった思い出を取り上げちゃうなんてヒドイよ!」
「サニー……」
彼女の他にも十三年前の“災禍の怒り”で家族を亡くした者は多い。
実際、エイミたち旅の仲間の中でもそういった生い立ちが大半だ。
「実は僕も孤児なんだけどね、亡くした家族との思い出は、最初は辛くてもゆっくり僕の中に浸透して、いつか立ち上がる力になったよ」
「オレも、そうだな。親父とは別に、ちゃんと両親のことも覚えてる。今でも時々思い出すんだ。オレはふたりに胸を張れる男になれたかなって」
モーアンとフォンドが穏やかにアムリアに語りかける。
家族を喪った当時の記憶は、確かにシグルスを苦しめたのかもしれない。だが、それ以上に、在りし日の思い出は彼に前を向く力をくれただろう。
時間はかかっても、いつかはきっと……
「いいんだ、みんな。ありがとな」
シグルスはアムリアの前に進み出て、彼女を見下ろす。
赤い目が柔らかく、すうっと細められた。
「俺は疎まれて記憶を消されたわけじゃなかった。それだけわかれば、ひと目会えれば、もう充分だ」
「――!」
瞬間、アムリアは我が子を抱き締める。立派に育った青年の胸に顔を埋めると、白く細い指に力を込めた。
「ごめんなさい。私が間違ってた……今、記憶の封印を解くわ。あなたに記憶を返します」
「え?」
彼女の手がそっとシグルスの額に触れ、白い輝きを放つ。
「レオンのことも、ほとんど覚えていないわよね。消していたのは私に関わる記憶だから……」
「!」
シグルスの脳裏に、さまざまな光景が流れ込んでくる。そのどれもが仲睦まじく寄り添う両親と、己に触れる優しい手、慈しむ声、至福に満ちた笑顔……
「あなたは確かに“愛されていた”わ、シグルス」
「あ……」
「ハーフエルフが周りを不幸にするなんて嘘っぱち。レオンも私も幸せだったし、後悔なんかしていなかった」
それらが“思い出”としてシグルスの中で深く結びついた時、がくりと膝をつき、その目から涙が零れ落ちた。
だが……
「ハーフエルフが不幸を呼ぶのは事実でしてよ」
「!」
突然の声に振り向くと、先程の青年に連れられてローブ姿の女性が杖をつきながらやって来た。
地面につきそうなほど長い白髪。パッと見の容姿は若く見えるが、身に纏う雰囲気は老成しているように感じられる、不思議な人物だ。
「あたくしは族長のケラスィーヤ。レレニティアの力を託されて来た外界の者たち……長い話になるわ。ひとまずうちにいらして?」
族長はそれだけ言うとくるりと踵を返し、またゆったりとした足取りで集落の奥へと戻っていく。
ハーフエルフは不幸を呼ぶ……この世界でさんざん聞かされてきた話だが、ケラスィーヤの言葉にはそれとは異なる妙な含みがある。
エイミたちは何か引っ掛かりを覚えながら顔を見合わせ、おそるおそる集落へ足を踏み入れた。
じっちゃんが言うには、砂漠で魔物に襲われてまだ赤子のサニーを守るようにして亡くなったのだという。
サニーという名前は、じっちゃんが通りすがった時点で既に瀕死の母親からかろうじて聞き出せたものだったらしい。
そんな彼女に両親の思い出など、あるはずもなかった。
「確かに、辛い記憶が残ってたら兄ちゃんが苦しんだかもしれない……けど、せっかくあった思い出を取り上げちゃうなんてヒドイよ!」
「サニー……」
彼女の他にも十三年前の“災禍の怒り”で家族を亡くした者は多い。
実際、エイミたち旅の仲間の中でもそういった生い立ちが大半だ。
「実は僕も孤児なんだけどね、亡くした家族との思い出は、最初は辛くてもゆっくり僕の中に浸透して、いつか立ち上がる力になったよ」
「オレも、そうだな。親父とは別に、ちゃんと両親のことも覚えてる。今でも時々思い出すんだ。オレはふたりに胸を張れる男になれたかなって」
モーアンとフォンドが穏やかにアムリアに語りかける。
家族を喪った当時の記憶は、確かにシグルスを苦しめたのかもしれない。だが、それ以上に、在りし日の思い出は彼に前を向く力をくれただろう。
時間はかかっても、いつかはきっと……
「いいんだ、みんな。ありがとな」
シグルスはアムリアの前に進み出て、彼女を見下ろす。
赤い目が柔らかく、すうっと細められた。
「俺は疎まれて記憶を消されたわけじゃなかった。それだけわかれば、ひと目会えれば、もう充分だ」
「――!」
瞬間、アムリアは我が子を抱き締める。立派に育った青年の胸に顔を埋めると、白く細い指に力を込めた。
「ごめんなさい。私が間違ってた……今、記憶の封印を解くわ。あなたに記憶を返します」
「え?」
彼女の手がそっとシグルスの額に触れ、白い輝きを放つ。
「レオンのことも、ほとんど覚えていないわよね。消していたのは私に関わる記憶だから……」
「!」
シグルスの脳裏に、さまざまな光景が流れ込んでくる。そのどれもが仲睦まじく寄り添う両親と、己に触れる優しい手、慈しむ声、至福に満ちた笑顔……
「あなたは確かに“愛されていた”わ、シグルス」
「あ……」
「ハーフエルフが周りを不幸にするなんて嘘っぱち。レオンも私も幸せだったし、後悔なんかしていなかった」
それらが“思い出”としてシグルスの中で深く結びついた時、がくりと膝をつき、その目から涙が零れ落ちた。
だが……
「ハーフエルフが不幸を呼ぶのは事実でしてよ」
「!」
突然の声に振り向くと、先程の青年に連れられてローブ姿の女性が杖をつきながらやって来た。
地面につきそうなほど長い白髪。パッと見の容姿は若く見えるが、身に纏う雰囲気は老成しているように感じられる、不思議な人物だ。
「あたくしは族長のケラスィーヤ。レレニティアの力を託されて来た外界の者たち……長い話になるわ。ひとまずうちにいらして?」
族長はそれだけ言うとくるりと踵を返し、またゆったりとした足取りで集落の奥へと戻っていく。
ハーフエルフは不幸を呼ぶ……この世界でさんざん聞かされてきた話だが、ケラスィーヤの言葉にはそれとは異なる妙な含みがある。
エイミたちは何か引っ掛かりを覚えながら顔を見合わせ、おそるおそる集落へ足を踏み入れた。
