40:思い出との再会

 外界からの人を阻むバリケードのような森にぐるりと囲まれた、シルワの中心部。
 エルフたちに案内されて辿り着いたそこは、自然と共に静かに暮らす者たちの集落だった。
 住民の誰もが尖った長い耳の美形――人前に姿を見せることはないとされる閉ざされた森の民、エルフ。
 シグルスの体に流れる血の半分は彼らと同じと聞いて、プリエールは改めて彼の整った顔立ちに血筋を感じた。

「に、人間だわ!」
「人間がどうしてここに……?」
「おい、ハーフエルフもいるぞ……」

 ざわつくエルフたちの声には困惑と警戒の色が窺える。
 遠巻きにも不躾な視線を浴びせられて、サニーが眉をひそめた。

「やっぱり、歓迎はされていないよね。じろじろ見てきてヤな感じ」
「まぁ、向こうの住処にいきなり踏み入ったのは僕たちの方だからね。多少は仕方ないよ」
「むぅ……それもそっかぁ」

 でもなぁ、とぶつくさぼやくサニーは単純に余所者への視線のみに不快感を表しているわけではない。
 モーアンもそれはわかっているが、今はただ住民を刺激しないように彼女を宥める。
 と、その時……

「赤い、瞳……まさかシグルス……シグルスなの……?」
「!」

 腰までのさらりとしたストレートの髪は透き通るような淡い紫色で、瞳はそれよりも濃く深い、宝石を思わせる紫。
 白い肌も手伝ってどこか儚げな雰囲気の女性は、シグルスを見るなり驚きの声をあげた。

「淡い紫色の……まさかシグルス、この人は……」
「もしかしてアンタ、アムリアって名前じゃないか?」
「ええ、そうよ。シグルス、大きくなって……」

 特徴と、名前だけ聞いていた母親。理由はわからないが、シグルスは彼女に関する記憶をなくしていた。
 彼が母親と引き離されたのは十三年前。世界中で起きた魔物の大量発生事件“災禍の怒り”で父を喪った時……現在十九歳のシグルスは、何も覚えていないような年頃ではなかったはずなのだ。

「……悪い、ダメだ。やっぱり思い出せない」

 苦しげに俯き、首を左右に振るシグルス。だがアムリアは気にする様子もなくにっこりと微笑みかける。

「仕方ないわ。だって私があなたの記憶を消したんだもの」
「えっ!?」
「ど、どういうこと?」

 シグルスのみならず、仲間たちにもそれは衝撃の発言だった。
 アムリアは目を伏せ、そのまま語り続ける。

「目の前でレオンを喪って、私も森に連れ帰られて……まだ小さかったのに、一度にそんなことがあったら辛すぎるでしょう? だから忘れさせたの。幸せになれますようにって」
「…………」
「ごめんなさい。傍にいてあげられない私には、こうすることでしかあなたを守ることができなかった」

 彼女自身も抵抗したが、無理矢理連れて行かれたのだとシグルスも聞いていた。恐らく、そんな自分の存在を忘れさせることで少しでも心の傷を浅くしようと彼女なりに考えたのだろう。
 だが……

「……そんなの、シグルス兄ちゃんが可哀想だよ」

 アタシには両親の思い出そのものすらなかったのに。
 小さく吐き捨てた少女の言葉は、思いのほかその場に響いた。
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