40:思い出との再会

 ミハリソウが阻む壁を越えると、鬱蒼とした怪しげな森から、どこか清浄な空気を漂わせた空間に変わる。
 鮮やかな緑は光を受けてきらきらと輝き、先程までと打って変わって明るくなったそこは、足元もよく見えるようになっていた。

「さっきまでと全然違うね……さながらエルフの庭ってとこかな?」
『じゃあさっきの森は侵入者除けのバリケードかしらねぇ』

 ハッキリと変わった景色に、エルフの集落も近いのだろうと想像させる。
 魔物もいない、穏やかな光が満ちた森。けれども、気難しく排他的で有名なエルフの領域に立ち入っている事実が、一行に僅かな緊張感をもたらしていた。

「ねぇねぇ、木の精霊さんってどんな感じなの?」
『おう? おお、ベルシュはなんつーか……賑やか、か?』

 サニーの質問にガネットが顎髭に手を置きながら空を仰ぐ。
 賑やか、と聞いて一行がまず思い浮かべたのは、お茶目な光の精霊ディアマントだった。

『……確か、レレニティアの最初の仲間だったはずだ』
「そうなの?」
『おう。女神になる前、アイツはここで生まれ育ったからな。最初に出会った精霊がベルシュなんだ』
「女神はエルフだったのか?」

 シグルスが意外だとばかりの声をあげる。
 伝説では“人間界に現れたひとりの女性”と語られる女神レレニティア。
 後に女神に“なった”という彼女。誰もが当たり前のように人間だと思っていたのだが、違うのかと言いたげな表情だ。

『それは……』
「お前たち、何者だっ!」

 ガネットの言葉を遮る声は、仲間たちの誰のものでもなかった。
 長く尖った耳が特徴的な、美しい青年たち――それはまさしく、ここに隠れ住むというエルフの、一般的に聞く容姿そのものだ。

「あっ、す、すみません。お邪魔してます。わたしたちは……」
「人間……それに、ハ、ハーフエルフだと!?」
「!」

 エルフらしきふたりの青年は、シグルスの赤い瞳を見るなり手にした槍や弓を構えた。

「……エルフってのはもっと理知的な奴らだと思っていたんだが」

 はあ、と聞こえよがしに溜息を吐くシグルス。剣には手をかけず、相手の様子を窺う。

「ちょっと、いきなり好戦的過ぎないかい?」
「とりあえず、あたしたちそっちの庭を荒らす気はないのよ。木の精霊ベルシュに会いたいだけなの」
「ベルシュ様に……?」

 怪訝そうなエルフたちの前に、青白い光が現れ、ぽんと弾ける。

『若いのぅ。じゃがわしの顔を知らんほどではあるまい? ちょいと族長に話を通してくれんか?』
「「せ、精霊……!」」

 からからと笑いながら登場する光精霊ディアマントを見るなり、途端にぴんと背筋を伸ばすふたり。先程までエイミたちと話していた地精霊と違い、光精霊はエルフたちにもわかるように姿も声も認識させたようだ。

「わ、わかりました……しばらく集落の前でお待ちください。こちらです」
「あらら、急に素直になっちゃって」
『ふっふっふ、これが威厳ってヤツじゃよ』

 得意気なディアマントに、ええーと何人かが声をあげる。
 その後も続く精霊と人間の気安いやりとりを、エルフたちは不思議そうな顔で眺めていた。
2/4ページ
スキ