39:大樹海の番人

 森の中に入ってみると空も埋め尽くすほどの緑で昼なお暗く、気をつけなければ木の根に足を取られて転んでしまいそうだ。
 そんなシルワの大樹海で光源の役割を果たすのは、ほんの僅か射し込む陽の光と、羽ばたくたびに輝く蝶。薄暗い森の中で黄色や青、紫などの色とりどりの光がひらひらと舞う光景は、実に幻想的なものだった。

「んー、甘い香りがするね」
「きっとこの蝶たちの好物なんだろうねぇ。なんとなく、蝶の動きが蜜の香りに引かれてる気がするよ」
「アタシたちもそっちに行ってみよう!」

 どこもかしこも同じに見える森の中で、光る蝶はわかりやすい目印だ。
 途中、幾度か魔物と遭遇しながら蝶がいる方を目指して進んでいくと次第に甘い匂いは濃くなっていき、やがて蔦が何重にも絡まる緑の壁が現れた。

「これは……」

 見上げるほど高く、厚い壁。他に道は見当たらず、またミューが飛んで入れるような隙間もない。

「切っていくのは骨が折れそうだな」
「いっそ燃やしちゃう?」

 シグルスとプリエールが過激な案を口にすると、蔦の一部がシュルシュルと意思をもつように蠢き、一箇所に集まる。
 一本の柱になった蔦のてっぺんで花が開き、無数の蔦だったそれは巨大なひとつの植物に姿を変えた。

「うわぁ!?」
『ヘイヘイ、ビビっちまったかちっちゃな嬢ちゃん! ビビっと来るよなオレっちの登壇!』
「え……な、なに……?」

 妙なリズムを刻み、腕のように生やした大きな一対の葉をくねらせ、全体を揺らしながら喋る植物。花の中心には顔があり、そしてイカしたサングラスをしていた。
 甘い匂いの元はどうやらこの花かららしく、一行は何とも言えない気持ちになる。

「やっぱりな。森や木々が傷つけられそうになったら出てくると思った」
『オウ、シット! はじめからオレっちをおびき出す算段? してやられたぜ……えーっと……』

 リズミカルな花の動きがぴたりと止まり、奇妙な沈黙が生まれる。
 そこにおずおずとモーアンが覗き込み、気まずそうな苦笑いをした。

「たぶんさっきから韻を踏んでたんだと思うけど……思いつかなかったら無理にやらなくていいんだよ?」
『シィィィィット!』
「なんかよくわかんないけど話進めていい? まず、キミだぁれ?」

 サニーから順番に、ひととおり。一行はまず自分たちから名乗ると、花の名を尋ねた。

『オレっちはこの森の番人、ミハリソウだ。ミハルって呼んでくれよな!』
(普通に喋れたんだな……)

 簡単に名乗るだけでもオーバーな動きでカッコをつけるミハルをぽかんと見上げるフォンド。
 さっきの喋り方も面白くて嫌いじゃなかったな、なんて密かに思いながら。
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