39:大樹海の番人

 シグルスの故郷、騎士王国ディフェットがある西大陸の南東。小舟でも渡れそうな距離に、その島はあった。
 シルワと名のついた、セレネ島よりも大きな島は西大陸に寄り添うように存在しており、近づくと島のほとんどを覆い尽くす森の緑がエイミたちを圧倒する。

「一応、行き来する手段は残っているんだね」

 海岸にある船着き場……と言っても小舟が二、三あるくらいの簡素なものだが、縄で繋がれて浮かぶそれらを見遣り、モーアンは顎に手を置いた。

「エルフの技術が使われてるアイテムを見たことがあるけど、この小舟で売り買いに出たりするのかしら?」

 プリエールが言うには彼女が魔法の補助に持ち歩いている魔法書もそのひとつで、特に高位の魔法書は高値がつくという。
 そういった物が世に出ているということは、最低限の交流はあるのだろう。
 それでも、暗く閉ざされた森の入口からは、侵入者を拒むような陰鬱とした空気を感じるのだが……

「なんか……ヤな感じだね。まだ島の入口にいるのに、じろじろ見られてるような気がする」
『同感。言いたいことがあるならさっさと出てくればいいのにね』

 義賊として活動していくうちに気配を察知する力が研ぎ澄まされたサニーと、人間とは異なる感覚をもつ竜であるミュー。
 彼女たちは何かを感じ取っているのか、見当違いの方向をあちこち睨んでいる。

「まあまあ。とりあえず森を進んで行こうよ。もしかしたら精霊のところへはエルフの集落を通らずに行けるかもしれないし」
「それはどうだろうな」

 同様に辺りを見回しながら、赤い目を鋭く細めて。モーアンの提案に割って入ったのは、シグルスだった。

「長年この森で暮らすエルフが、森の源ともいえる木の精霊を知らないはずがない……場合によっては、力を借りなければいけないかもな」

 ハーフエルフであるシグルスもまた、この森に漂う異質な空気に感じるものがあるのだろう。

「でもさ、世界の危機なんだよ? どうにかしなきゃいけないと思ってるのは、エルフもなんじゃないの?」
「……どうだかな。それならとっくに森を出て、何かしらの行動に移してるだろ」

 夫を喪い傷心の母を我が子と引き離すような連中だ。自分たちが良ければ他人の都合などお構い無しなのだろう……シグルスの、エルフに対する印象は不信に満ちていた。

「ここで突っ立ってても始まらないわよ。行きましょ!」
「そうですね。精霊さんを探しましょう!」

 重たい空気を振り払うように、プリエールがわざと無遠慮に森へと足を踏み入れる。
 外界の風が閉ざされた森に入り込み、木々が、枝葉が、ざわりと騒ぎ始めた。
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