39:大樹海の番人

 月の精霊クレーシェを仲間に加えたエイミたちは、最後の一体である木の精霊ベルシュを探しにグリングランを発った。
 シュヴィナーレの力を借りて海を移動するのもそろそろ慣れた頃合いで、泡の中はむしろ快適に思えるようになっていた。

「本当に、君も来るのかい……?」
「くどいぞ。そりゃあ、門前払いされる可能性もあるがな」

 おそるおそる確認するモーアンを軽く一蹴し、シグルスは赤い目を鋭く細めた。
 この世界では希少な色。多くの人、特に彼の中に半分流れる血のもとであるエルフには忌み嫌われる色だ。
 そして、次なる目的地は、そのエルフが住まう森。

「……ブルック隊長が言っていたんだ。俺の母はエルフで、十三年前の“災禍の怒り”で騎士だった父を喪った直後にエルフたちに森へ連れて行かれたと」
「そんな……」

 災禍の怒り――世界中で魔物が突然現れて町を襲い、多くの犠牲が出たという事件。
 エイミたちの年頃で、親兄弟を喪った子は多い。フォンドやジャーマが孤児になり、ラファーガに拾われたのもその時である。

「アムリアという、淡い紫色の髪のエルフらしい。会えなくてもいいから、今どうしているかくらいは知りたい」
「らしい、って……シグルス兄ちゃん覚えてないの?」
「……別れ際にエルフが何かしていったらしくてな。両親がいなくなる前、特に母親の記憶が朧気なんだ」

 シグルスがそう説明した途端、サニーがカッと目を見開いた。

「ひどいよ! どうしてあったはずの思い出まで奪っちゃうの!?」
「思い出して、恋しくなったら辛いから……?」
「だとしてもだよ!」

 日頃はおおらかな太陽のような少女が珍しく激情をあらわにする。
 仮説を述べたモーアンに噛みつくサニーの頭に、ぽんと手を置いたシグルス。

「ありがとな、サニー」
「シグルス兄ちゃん……」
「そういう訳だから、俺も行く。きっとこれは、覚悟を決めろってことなんだろ」

 おそらくこれは、シグルスにとって辛い選択になるだろう。避けることだってできたものを、彼は真っ直ぐに受け止める。

「大丈夫だ。俺にはブルック隊長や陛下、それにお前らがいる。だから前に進もうと思えたんだ」
「……わかりました。それなら、頼りにしていますね」

 シグルス自身の覚悟が決まっているなら、これ以上言う必要はないだろう。
 エイミも静かに頷き、微笑んだ。

「まあでもエルフってそもそもが排他的だから、あたしたちも歓迎はされないでしょうね」
「そういやそうだった。無事に精霊を見つけられるかなぁ……」

 外界との交流をほとんど閉ざした、美しき長命種が住まう森。
 そうこうしているうちに、目的地はもうすぐそこというところまで来ていた。
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