36:常夜の島セレネ

 育ての親が、ずっと家族だと思っていた男が、両親の仇である魔族だった。
 その事実はフォンドのみならず、ジャーマまでも驚愕させた。

「魔界や魔族のこと自体は、ホントは知ってたんだな……」
「ああ。だからジャーマを追いかけた」
「故郷に帰るために……じゃ、ねえよな」

 ドラゴニカにいた鱗生人と同じなら、ラファーガも魔界と人間界を自由に行き来できない。だから十三年もの間こちらにいたのだろう。
 ジャーマを追いかければ魔界へ行く近道になるかもしれないが、それが帰るためだとはフォンドには思えなかった。

「ジャーマにかけられた、ガルディオの術のことか」
「ッ!」

 ぴく、とジャーマの片眉が上がった。
 彼の全身に広がった紋様は、エイミたちから見てもパメラやドラゴニカの玉座に居座っていた魔族と同じようで。
 それならば、その末路も……力を求めた魔族の悍ましくも哀れな最期が、対峙したフォンドたちの脳裏に蘇る。

「……ああ、そうだ。お前たちと会ったというシルヴァン王子から話を聞いて確信した。魔界に乗り込んで、術者であるガルディオを倒せば……」
「余計なことすんじゃねえッ!」

 ラファーガの言葉を遮って、ジャーマが吠える。紋様が妖しく輝きだして、彼の全身を這うように延びていく。

「俺は……どんな手を使ってでも強くなる! たとえ仇の力だろうと、利用してやるッ!」
「ジャーマ……!」
「俺の両親は、弱かったから殺された……奪われた! 強くなれば奪われない! 頂点に立って、逆に奪ってやるッ!」

 激情が形になっていくように、ジャーマの姿がヒトのそれではなくなっていく。
 黒い紋様が浮かび上がる真っ赤な肌、大きく見開いた眼。筋肉はさらに隆起して、はちきれんばかりに膨れ上がった。
 全身から噴き上がる業火のような闘気は、もはや目視できそうなほどで……

『ダメっ! あれじゃああの時の魔族みたいに……!』
「そんなことさせねえ! いちいち突っかかってくるし、あんま仲が良かったとは言えないかもしれねえけど、それでも……」

 傲慢で、強さばかり求める危うい兄弟。その瞳の奥にあるモノは……“怯え”だ。
 弱者は一方的に奪われるだけ。そうなってたまるかという怯えが今のジャーマを衝き動かしている。
 けれども、そんなジャーマともいがみ合ってばかりではなかった。ラファーガのもとで共に切磋琢磨した間柄だし、他愛もない話で笑い合うような、ふとした時間だってあったのだ。

「オレにとっては、長年一緒に暮らした家族なんだよ!」
『……ならば、その想いに力を貸してやろうぞ』
「えっ?」

 フォンドに応えるように女性の声が響き、淡金色の輝きが辺りを照らす。
 空からゆっくりと降りてきたのは、三日月に腰掛けた黒髪の小人。紅をさした目尻に、一枚の布を前であわせ、帯を締めた衣装はどこか異国的な雰囲気を漂わせている。

『わらわは月の精霊クレーシェ。そなたの願い、しかと聞き届けた』

 どこか妖艶さを漂わせた月精霊は、フォンドにそう微笑みかけた。
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