36:常夜の島セレネ
足跡を辿りながら森をいくらか進んでいくと、開けた場所に出た。
石造りの古びた柱や建物の残骸。大きく、石畳ごと抉れた地面。
人の気配も遠のいて久しい、ひとつの都市が変わり果てた廃墟……ここが話になった“忘却の都”だろうか。
月の光に照らされた廃墟は儚くも美しく、そして哀しい場所に感じられた。
「月の精霊さんはどこに……」
「待って! なんか聴こえるよ。ラクトおじちゃん!」
サニーが風の精霊を喚び出したのは、ドラゴニカで用いた遠くの音を拾う術のため。
風が渦を巻き、物音がする方まで伸びる。その渦の中から、話し声が聴こえてきた。
《……こんなところまで追ってくるとはな。一度は敗れた老いぼれのくせに》
「!」
若い青年の声に、フォンドがぴくりと反応する。一旦詰まらせた息をゆっくりと吐いた彼は「ジャーマ……」と呟いた。
「ジャーマって、フォンドが探してた……?」
「兄弟同然に育った家族だ。強さを求めて、暴走しちまったが……まさか、こんなところにいるなんて」
けど、それなら彼が話している“こんなところまで追ってきた老いぼれ”という人物は……フォンドが、風を辿って歩調を速める。
《あの時手も足も出なかったくせに、今更何ができる?》
《ここでなら、思う存分暴れられる。周りに誰もいないからな》
《なん、だと……あれは本気じゃなかったと言うのか……?》
もう一人は壮年の低い声。フォンドの父親代わりでグリングランの英雄ラファーガのものだ。
たまらずフォンドが走り出し、エイミたちもその後を追う。
「フォンド兄ちゃん!」
『ちょっと、待ちなさいよ!』
「親父とジャーマがっ……ずっと探してた家族があそこにいるんだ!」
あの時何もできなかったのは、自分だ。今度こそ、大事な家族をこの手で止めたい――助けたい。
夢中で走っていたフォンドだったが、直後、ぴたりとその足が止まる。
ようやく追いついた仲間たちの中で、肩で息をしながらフォンドを窺うモーアン。
「ぜえ、はあ……ど、どうしたの?」
「なんだ、この力……?」
「すごい圧を感じます……まるで、あのガルディオと対峙した時のような……」
エイミもフォンドと同様に、進む先に圧倒的な力を感じ取る。
びりびりと空気が震え、思わず気圧されるほどの力。それでも……
「ええい、迷ってなんかいられねえっ!」
現場に近づくにつれて、風の補助がなくてもふたりのやりとりが聴こえるようになっていく。
「親父、ジャーマっ……」
が、ようやく駆けつけたフォンドは、そこで言葉を詰まらせた。
鍛え抜いた肉体のあちこちに呪いの紋を浮かび上がらせ、黒目の小さなギラついた眼に炎のような赤い髪の青年がジャーマなら、もう一方の男がラファーガだろう。
狼のたてがみを思わせる逆立った銀色の髪、琥珀色の鋭い眼。髭を生やした壮年の、けれどもがっしりとした肉体の男……それが、フォンドの知るラファーガだ。
それなのに……
「おや、じ……?」
「フォンド……おまえも来ていたとはな……」
その全身に髪と同じ銀色の毛が生え、長いふさふさの尾を生やし、爪や牙が鋭くのびて……顔も狼そのものになっていく過程を見せられたフォンドとジャーマは、思わず絶句した。
「ねえ、あの姿、まるで……」
「ああ。ヒトに近い形をした、ヒトならざる者……ドラゴニカで見た魔族たちみたいだ」
角を生やした大男や、鱗やヒレをもつ鱗生人。シルヴァンに聞いた名前の中に“獣人”というものがあったが、今のラファーガがまさしく獣と人間の中間のような姿をしている。
「……そうだ。わしは魔族。獣人だ。十三年前にこちらの世界に迷い込み、そのまま人間として生きてきた」
ゆらり、尻尾を揺らしながらラファーガが告げる。
ぐっと握り締めた拳は、息子たちの視線を受け、かすかに震えていた。
石造りの古びた柱や建物の残骸。大きく、石畳ごと抉れた地面。
人の気配も遠のいて久しい、ひとつの都市が変わり果てた廃墟……ここが話になった“忘却の都”だろうか。
月の光に照らされた廃墟は儚くも美しく、そして哀しい場所に感じられた。
「月の精霊さんはどこに……」
「待って! なんか聴こえるよ。ラクトおじちゃん!」
サニーが風の精霊を喚び出したのは、ドラゴニカで用いた遠くの音を拾う術のため。
風が渦を巻き、物音がする方まで伸びる。その渦の中から、話し声が聴こえてきた。
《……こんなところまで追ってくるとはな。一度は敗れた老いぼれのくせに》
「!」
若い青年の声に、フォンドがぴくりと反応する。一旦詰まらせた息をゆっくりと吐いた彼は「ジャーマ……」と呟いた。
「ジャーマって、フォンドが探してた……?」
「兄弟同然に育った家族だ。強さを求めて、暴走しちまったが……まさか、こんなところにいるなんて」
けど、それなら彼が話している“こんなところまで追ってきた老いぼれ”という人物は……フォンドが、風を辿って歩調を速める。
《あの時手も足も出なかったくせに、今更何ができる?》
《ここでなら、思う存分暴れられる。周りに誰もいないからな》
《なん、だと……あれは本気じゃなかったと言うのか……?》
もう一人は壮年の低い声。フォンドの父親代わりでグリングランの英雄ラファーガのものだ。
たまらずフォンドが走り出し、エイミたちもその後を追う。
「フォンド兄ちゃん!」
『ちょっと、待ちなさいよ!』
「親父とジャーマがっ……ずっと探してた家族があそこにいるんだ!」
あの時何もできなかったのは、自分だ。今度こそ、大事な家族をこの手で止めたい――助けたい。
夢中で走っていたフォンドだったが、直後、ぴたりとその足が止まる。
ようやく追いついた仲間たちの中で、肩で息をしながらフォンドを窺うモーアン。
「ぜえ、はあ……ど、どうしたの?」
「なんだ、この力……?」
「すごい圧を感じます……まるで、あのガルディオと対峙した時のような……」
エイミもフォンドと同様に、進む先に圧倒的な力を感じ取る。
びりびりと空気が震え、思わず気圧されるほどの力。それでも……
「ええい、迷ってなんかいられねえっ!」
現場に近づくにつれて、風の補助がなくてもふたりのやりとりが聴こえるようになっていく。
「親父、ジャーマっ……」
が、ようやく駆けつけたフォンドは、そこで言葉を詰まらせた。
鍛え抜いた肉体のあちこちに呪いの紋を浮かび上がらせ、黒目の小さなギラついた眼に炎のような赤い髪の青年がジャーマなら、もう一方の男がラファーガだろう。
狼のたてがみを思わせる逆立った銀色の髪、琥珀色の鋭い眼。髭を生やした壮年の、けれどもがっしりとした肉体の男……それが、フォンドの知るラファーガだ。
それなのに……
「おや、じ……?」
「フォンド……おまえも来ていたとはな……」
その全身に髪と同じ銀色の毛が生え、長いふさふさの尾を生やし、爪や牙が鋭くのびて……顔も狼そのものになっていく過程を見せられたフォンドとジャーマは、思わず絶句した。
「ねえ、あの姿、まるで……」
「ああ。ヒトに近い形をした、ヒトならざる者……ドラゴニカで見た魔族たちみたいだ」
角を生やした大男や、鱗やヒレをもつ鱗生人。シルヴァンに聞いた名前の中に“獣人”というものがあったが、今のラファーガがまさしく獣と人間の中間のような姿をしている。
「……そうだ。わしは魔族。獣人だ。十三年前にこちらの世界に迷い込み、そのまま人間として生きてきた」
ゆらり、尻尾を揺らしながらラファーガが告げる。
ぐっと握り締めた拳は、息子たちの視線を受け、かすかに震えていた。
