33:魔族という生き物

 ドラゴニカ城の玉座にどっかりともたれ掛かり、足を開いて座る男がひとり。
 ガルディオのように頭の横ではなくてっぺんにツノを生やした緑の肌の大男。彼はこの国の主ではなく、ドラゴニカを奪ったガルディオが自分の代わりにここの防衛を任せていった魔族だ。
 魔族の王からの信頼を得ていることを自慢に思い、そのためか最近は同じ魔族や魔物に対しても横柄な態度が目立つ。
 傍らに立たされた本来の王、パメラから見れば鍛えた体より目立つだらしない腹を差し置いても「醜悪な男」――人間ごときからそんな冷ややかな視線を受けても、男は意にも介さない。

「相変わらず可愛げのない女だなぁ。俺様にも愛想を振り撒けよぉ」
「わたくしの命はガルディオ様のモノですので」
「ったく……淡々としやがって。ただでさえ寒さで気が滅入るってのに」

 ドラゴニカの気候や環境そのもののような冷え切った声にばっさりと返されると、男は悪態をついた。
 が、次の瞬間にやりと口元を歪め、大きな手でパメラの顎を捉える。

「なぁ、俺様のことも愉しませろよ……」

 じろじろと、下卑た目線が露出の多い鎧に包まれた豊かなボディラインを下から上まで這っていく。
 対してパメラは、視線も逸らさなければ眉ひとつ動かさず、静かに口を開いた。

「……あの御方は、自分のモノに手を出されたら黙っていないのではなくて?」
「チッ、つまらねえ女だ」

 パッと手を放され、パメラは「それでは」と一歩引くと踵を返し歩き出す。

(いい気なものね。あのガルディオが魔王族以外に……いいえ、己以外に信頼を置くものですか。貴方も哀れな捨て駒のひとつでしてよ)

 ガルディオが己の地位を手に入れるため実の父を陥れ、弟までもツノ無しの臆病者呼ばわりしていることはパメラも耳にしている。
 家族ですらなく見るからに小物であるこんな男に任せているあたり、恐らくこの城の防衛も、ガルディオにとって大した意味はないのだろう。

(シュヴィナーレが動いた……そろそろかしらね)

 呪いにより命を握られてしまったパメラの行動は大きく制限されている。玉座でふんぞり返る下品な魔族の首をすぐにでもはねてやりたいが、そうしないのは呪いのためだ。
 ただこの呪い、ガルディオに対して僅かでも害意を持って動けば即発動するのだが、それ以外のことなら多少の融通はきくようで……
 グリングランで遭遇した妹が海の聖獣シュヴィナーレと接触し、このドラゴニカを取り戻そうと動いていることは聖獣の動きから薄々察知していた。

(さて……わたくしは“たまたまふらりと”姿を消すことにいたしましょう)

 そうとわかれば長居は無用。妹の動きの妨げにならないように、素知らぬ顔で。

(この程度の男に勝てないようでは、ガルディオは討ち倒せなくてよ……エルミナ)

 ガルディオの企みは、もっと先にあるものなのだから。
 コツン、コツンと響かせて、パメラはこの場を去っていく。
 城が騒がしくなったのは、彼女が城を離れてしばらくした後のことであった。
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