33:魔族という生き物
主を失ったドラゴニカの城の入口を任された……というより、会話内容から察するに押しつけられたのだろう門番のふたりは、今日も誰も来ない城門でだらだらと過ごしていた。
「魔界に帰りてぇなぁ」
「おれたちは門を開けられないからな……いつまでこんなことをやってりゃいいんだか」
《それなら門は誰が開けられるんですか?》
「そりゃあ魔王族やごく一部の上位魔族、もしくは“鍵”を持ってなきゃ……ん?」
いつものようにぼやくふたりの間にするりと割り込む、愛らしい少女の声。こんな険しい山を登り、魔族が守る城までやって来る少女などいるはずがない。
咄嗟に辺りを見回してもやはりそれらしき人影はないが、それにしては声ははっきりとふたりの耳に届いた。
「お、お前なんか言ったか……?」
「い、いや、おまえこそ……」
ひゅう、と突然首筋に吹く生ぬるい風。そこはかとなく感じる嫌な予感にふたりは震え、我知らず身を寄せる。
その背後に青白い火の玉がゆらり姿を現すと、声にならない悲鳴が見事にハモった。
《わたしはこの城で突然やって来た魔族に命を奪われた王女、エルミナ……口惜しさに死んでも死にきれず、こうして亡霊となってしまいました……》
「「ひいっ!」」
《恨めしい……愛する城を、大切な仲間を奪った魔族が恨めしいです……!》
「「ぎゃあああああごめんなさぁぁぁぁい!」」
低く地を這うような情感のたっぷりこもった声にたまらずふたりは持ち場を投げ出して一目散。
エイミたちの方に向かってきたところを、影の魔法ですかさずサニーが捕縛する。
「はぁいナイスキャッチ!」
「ひえっ!?」
「大丈夫、悪いようにはしないよ。ちょーっと寝ててもらうケド」
彼女は天使のような笑顔を見せると闇の精霊を喚び出し、門番たちに眠りの魔法をかけた。
「はれれ……?」
「なんか、急に眠く……」
とろんと瞼が落ち、寝息を立て始めたふたりを見下ろし、エイミはふうと溜息を吐いた。
「なんとかうまくいきましたね……」
『ざまあみやがれ!』
亡霊の声はエイミのものだった。門番の会話を盗み聞きしたのとは逆に、こちらの声を遠隔で届け、火精霊の力で出した火の玉を人魂と錯覚させたのだ。
「とりあえずこいつらは途中にあった山小屋に隠してくる。仲間を呼ばれたら困るから一応ふん縛っておくがな」
ここまでの道のりで休憩に使った山小屋にはロープもあったことを思い出しながら、シグルスはフォンドと共に門番を運んでいく。
「エイミちゃん、いいお芝居だったわよ」
「って言っても亡霊になった以外ほとんど本当のことでしたから」
「彼らも無理やり従わされているだけみたいだし、できるなら穏便に済ませたいね」
「はい。でも……」
言葉を濁し、俯くエイミにプリエールとモーアンが首を傾げた。
「シルヴァンさんの話を聞く前だったら、彼らの内情を知らなかったら、わたしは彼らにも容赦なく槍を向けてしまったかもしれません」
『エイミ……』
「……そうならなくて良かった。そうしてしまえば、わたしもガルディオとそう変わらなくなってしまいますから」
人間と見るやまるで虫けらを踏み潰すように、まるで狩りを楽しむように命を弄んだガルディオ。
エイミと彼が同じだとは誰も思わないが、それでも魔族を悪しき者、憎き敵だと一括りにしていたことは恥ずべきだろうと彼女は改めて痛感した。
「討つべきはガルディオと、彼に与するもの。それが魔族のすべてではないとわかった今、人間界と魔界の因縁は終わらせなければ……繰り返すばかりでは、また多くの血が流れることになります」
魔界の住人はほとんどが中立か穏健派で、ガルディオ率いる過激派の魔族はそう多くないという。
それならばエイミの敵は“魔界”そのものではないと言えるだろう。
「行きましょう。門番がいなくなったと気づかれる前に」
まずは城を取り戻して、操られている竜たちも正気に戻さなくては。
ドラゴニカの命運を背負う王女は、自らが生まれ育った城を前に、ぐっと息を呑んだ。
「魔界に帰りてぇなぁ」
「おれたちは門を開けられないからな……いつまでこんなことをやってりゃいいんだか」
《それなら門は誰が開けられるんですか?》
「そりゃあ魔王族やごく一部の上位魔族、もしくは“鍵”を持ってなきゃ……ん?」
いつものようにぼやくふたりの間にするりと割り込む、愛らしい少女の声。こんな険しい山を登り、魔族が守る城までやって来る少女などいるはずがない。
咄嗟に辺りを見回してもやはりそれらしき人影はないが、それにしては声ははっきりとふたりの耳に届いた。
「お、お前なんか言ったか……?」
「い、いや、おまえこそ……」
ひゅう、と突然首筋に吹く生ぬるい風。そこはかとなく感じる嫌な予感にふたりは震え、我知らず身を寄せる。
その背後に青白い火の玉がゆらり姿を現すと、声にならない悲鳴が見事にハモった。
《わたしはこの城で突然やって来た魔族に命を奪われた王女、エルミナ……口惜しさに死んでも死にきれず、こうして亡霊となってしまいました……》
「「ひいっ!」」
《恨めしい……愛する城を、大切な仲間を奪った魔族が恨めしいです……!》
「「ぎゃあああああごめんなさぁぁぁぁい!」」
低く地を這うような情感のたっぷりこもった声にたまらずふたりは持ち場を投げ出して一目散。
エイミたちの方に向かってきたところを、影の魔法ですかさずサニーが捕縛する。
「はぁいナイスキャッチ!」
「ひえっ!?」
「大丈夫、悪いようにはしないよ。ちょーっと寝ててもらうケド」
彼女は天使のような笑顔を見せると闇の精霊を喚び出し、門番たちに眠りの魔法をかけた。
「はれれ……?」
「なんか、急に眠く……」
とろんと瞼が落ち、寝息を立て始めたふたりを見下ろし、エイミはふうと溜息を吐いた。
「なんとかうまくいきましたね……」
『ざまあみやがれ!』
亡霊の声はエイミのものだった。門番の会話を盗み聞きしたのとは逆に、こちらの声を遠隔で届け、火精霊の力で出した火の玉を人魂と錯覚させたのだ。
「とりあえずこいつらは途中にあった山小屋に隠してくる。仲間を呼ばれたら困るから一応ふん縛っておくがな」
ここまでの道のりで休憩に使った山小屋にはロープもあったことを思い出しながら、シグルスはフォンドと共に門番を運んでいく。
「エイミちゃん、いいお芝居だったわよ」
「って言っても亡霊になった以外ほとんど本当のことでしたから」
「彼らも無理やり従わされているだけみたいだし、できるなら穏便に済ませたいね」
「はい。でも……」
言葉を濁し、俯くエイミにプリエールとモーアンが首を傾げた。
「シルヴァンさんの話を聞く前だったら、彼らの内情を知らなかったら、わたしは彼らにも容赦なく槍を向けてしまったかもしれません」
『エイミ……』
「……そうならなくて良かった。そうしてしまえば、わたしもガルディオとそう変わらなくなってしまいますから」
人間と見るやまるで虫けらを踏み潰すように、まるで狩りを楽しむように命を弄んだガルディオ。
エイミと彼が同じだとは誰も思わないが、それでも魔族を悪しき者、憎き敵だと一括りにしていたことは恥ずべきだろうと彼女は改めて痛感した。
「討つべきはガルディオと、彼に与するもの。それが魔族のすべてではないとわかった今、人間界と魔界の因縁は終わらせなければ……繰り返すばかりでは、また多くの血が流れることになります」
魔界の住人はほとんどが中立か穏健派で、ガルディオ率いる過激派の魔族はそう多くないという。
それならばエイミの敵は“魔界”そのものではないと言えるだろう。
「行きましょう。門番がいなくなったと気づかれる前に」
まずは城を取り戻して、操られている竜たちも正気に戻さなくては。
ドラゴニカの命運を背負う王女は、自らが生まれ育った城を前に、ぐっと息を呑んだ。
