33:魔族という生き物

 北大陸の険しき山ノール・エペ。エイミが最後にこの山の土を踏んだのは、ただただ必死に逃げるだけの時だった。
 雪と土。ブーツ越しの感触を改めて踏み締め、エイミは目の前にまで来た城を見上げる。

「準備は万端。いよいよだな、エイミ!」
「仲間も、精霊たちもいる。それに僕たち自身も沢山強くなった……行こう!」
「……はいっ!」

 道中、光と風の精霊の力で空を飛ぶ竜からの目は誤魔化してくれたお陰で地上の魔物との幾度かの交戦だけで済み、ここまでの消耗も最小限に抑えることができた。
 ただ、問題がひとつ。

「厳重に守られているな……」
「普通の魔物とは違いますね。あれも魔族……でしょうか?」

 グリングランで出会った魔族の青年、シルヴァンが言うには、魔族とひと口に言ってもさまざまな姿形の種族に細分化されるらしい。
 宿敵ガルディオやその弟であるシルヴァンのようにツノを生やした人間に近い種族が“魔王族”で、それ以外にも獣と人の中間のような姿や、翼や鱗を生やした種族もいるのだとか。
 城をぐるりと囲む城壁の出入り口を守っているふたりの門番は、ほとんど服を着ておらず腰巻きだけで、その全身には鱗やヒレがあった。

「……“魔族”は魔界に住む者の総称で、実際は細かく種族が分かれている、か。シルヴァンが言った通りだね」
「話に聞いて、この目で見て、ようやく知れた気がするわ」

 これまでは魔界や魔族のことを、ただ伝説で聞く悪しき存在だと、そんなぼんやりした輪郭でしか捉えていなかった。
 学者が本分であるプリエールは、シルヴァンと出会い彼の話を聞いて、そんな自分でも知らないうちに己の視界を狭めていたのだと痛感する。

「思った通り、正面からの突入は難しそうですね。城壁や塀も修復されているようです……が」

 意味ありげに言葉を止めたエイミの傍らに、精霊たちが姿を現した。
 消耗して休んでいたアクリアも、今は安定した様子でそこにいる。

『水面を通じて城の中の様子はある程度覗かせて貰った。魔物や魔族の数はさほど多くないな』
『恐らく今は人間界に留まる理由が薄いからじゃろう。城は一度手にした。反抗勢力も遠ざけた。空は竜に守らせて、こんな場所の守りを任されている……退屈でつまらん役割と思っておろうのう』
「人間界の城を奪ったといえば聞こえが良いかもしれませんが、外界から断絶された極寒の山の上ですからね」

 圧倒的な力でエイミたちを追い出したガルディオも、今は傷を癒すため魔界に戻っているらしいとの情報だ。
 時折あくびを漏らすやる気のない門番の者を見るに、ここに集められているのは魔族の中でも実力や地位が下の者ばかりなのかもしれない。

「……ですが、こちらにとっては違います」

 ガルディオ率いる魔物の奇襲で、全員が全員無事にとはいかなかった。
 グリングランに逃げ延びた者たちの話では、負傷者や犠牲者も少なくなかったという。
 エイミは王女として、斃れた民の名をしっかりと胸に刻み込み……

「“竜は硬き鱗のみに非ず”……わたしたちの帰る場所を返して貰います」

 竜に迂闊に手を出すと鋭い爪や牙、長い尾の反撃を食らうことから“手を出すならばそれ相応の報復を覚悟せよ”と続くという、そんなドラゴニカのことわざを口にして。
 低く、冷たくそう言い放つ蒼穹の瞳は、キンと冴えていた。
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