32:ドラゴニカは目の前に

 白雪纏う町ブランヴワル。水鏡の泉がある森から東に少し行くとある小さな町で、アクリアの加護に守られているお陰でいまだ魔族や魔物の脅威に晒されていないようだった。

『そなたたちと契約したおかげでここを守り続けることができそうだ……わたしは少し休ませて貰う』

 幽霊船での闇精霊ほどの無茶ではないが、契約なしで外界に干渉していた水精霊の消耗はかなりのもので、それだけ言うと彼女はすうっと姿を消した。

『あともう少し遅かったら間に合わなかったかもしれねえな……自分の住処はともかく、こんな町を守るために力を使うなんざ、ムチャしやがるぜ。オレさまなんて、陰険ヤローに暴走させられてただけなのによ……』

 火精霊が苦々しくぽつりと呟く。水精霊への心配もあるが、一番は己への歯がゆさで。

『あら、火の精霊なんてここじゃ大活躍よ? 寒い場所の魔物なんてだいたいが火や熱に弱いんだから』
『うぐっ……優しさが沁みるぜ……!』
『まったくもう。精霊を慰めるなんて、初めての経験よ』

 気持ちはわかるんだけどね、とミューは翼のようなひれを羽ばたかせた。
 過去を悔やむなら、これからを頑張ればいい――この旅の中で、彼女が学んだことだ。
 そうこうしているうちに寒さで限界が来たのか、サニーが悲鳴に近い声をあげた。

「あーっもうムリ! 防寒着買おう防寒着! あと道具とかいろいろ!」
「じゃあ服はあたしが担当するわ。荷物持ちにモーアン、一緒に来てくれる?」
「ははは……喜んで」

 モーアンはディフェット王から譲り受けた“なんでもはいリュック”で仲間たちの荷物持ちを担当している。
 厚手の防寒着が人数ぶんとなると、他の買い物より荷物はかさばるだろう。
 どれだけ重いものを入れてもリュックは軽いままなので、これをプリエールに託して別行動してもいいのだが……先程から通行人男性たちがちらちらと声をかけたそうに彼女を見ていたことに気づいていたモーアンは心配から付き添うことにした。

(プリエールがしつこいナンパ男を魔法で吹っ飛ばしちゃったら大変だもんね……)

 心配は心配でも、そっち方面の割合が気持ち大きいのは内緒なのだが……
 残るメンバーもそれぞれ情報収集に宿の手配にと、ばらばら動き出す。

「さてオレは武具の新調でも……エイミ?」

 武器防具の店へと向かおうとしたフォンドが、ぼーっと佇んだままのエイミに気づいて振り返った。
 雪が降り出した今、いくらドラゴニカ育ちの彼女といえどいつまでも外にいたら風邪を引いてしまう。

「どうかしたか?」
「……きた」
「え?」
「帰ってきた……ドラゴニカはまだ先だけど、帰ってこられたんですね、ここまで……」

 どれだけ苦難の道を歩んだだろう。
 知らない世界に身一つで放り出された少女が、ついにひとつの目標地点を前にして。

(もう、戻って来られないかもと思ったこともあったけど……ここまで来た)

 涙が溢れそうになるのを堪えて、頼りない肩を震わせ、白い息を吐き出す。

「もうすぐ、だな」
「……はい」

 ぐ、とふたりの手に力が入る。
 北の方を見遣れば、ドラゴニカ城を頂くノール・エペ山がその姿を見せていた。
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