30:神殿の地下洞窟
魔物を倒しながら洞窟を奥へ、下へと進んでいくと、岩と土の穴から石造りの壁や床に繋がる大広間に出た。
端には水場もあり、もしかするとそこから外の海へと繋がっているのかもしれない。
入口と神殿の位置からすれば随分と遠回りをさせられたようだが、それだけここに侵入者を近づけたくないのだろう。
『いよいよかしらね……?』
魔物の気配もなく、重苦しい扉の傍に道しるべのように佇む女神像を前に、ミューがそうこぼす。
石壁に描かれた壁画には、海の生物を率いるように、その王たる生物が女神と向き合っているものがあった。
「あれが“聖獣シュヴィナーレ”なのかなぁ?」
「かすれてよく見えないが、丸くてデカくて……形がよくわからないな」
サニーとシグルスが首を捻るのも無理はない。シュヴィナーレを描いたらしいそれは、そこだけ子供のらくがきのようにぐにゃぐにゃとしていたのだから。
「聖獣の美しさは絵にも描けないほど……だったりして?」
「なるほど、それは面白い考え方だね。ロマンを感じるよ」
扉の向こうでその聖獣の姿を拝むことができるのだろうか。好奇心旺盛な学者と神官の瞳が期待に輝く。
エイミがごくりと息を呑み、扉に手を触れようとしたその時だった。
「エル!」
「!?」
息せき切った男の声が、地下洞窟に響き渡る。
弾かれたように振り向いたプリエールが、驚きに目を見開いた。
そこに現れたのは、やや長く癖のある深い緑の髪に、学者然としたローブ姿の痩せぎすの男。そして何よりプリエールを“エル”と呼ぶのはただ一人。
「えっ……アルバ……?」
「それって前に話してた、プリエールさんが探してたひと、ですか……?」
そんなはずは、と小声で呟いたのはモーアンだった。
アルバ――アルバトロスはプリエールの友人で、南大陸の遺跡に現れた“禁呪の魔法士”に体を奪われ、そのまま行方知れずとなったと、そうプリエールに聞かされたのだから。
そして彼の特徴は、この場ですっかり黙り込んでしまった火精霊ルベインを魔物に変異させた“学者っぽい格好をした緑色の髪の陰気で不健康そうな男”と一致する。
この場の疑念を一身に受けながら、アルバトロスは無遠慮にプリエールに歩み寄る。
「無事だったんだな、エル……良かった。こんなところで会えるなんて」
「……禁呪の魔法士は?」
「どうにか離れることができたよ。もう安心だ。さぁ、帰ろう……愛しのエル」
あまりにも直球すぎる言葉に免疫のない若者たち数人が赤面する。
アルバトロスの手がスッと伸び、プリエールの艷やかな桃花色の髪に長い指を絡めようとした、刹那。
ばちりと、プリエールを守るように光が弾け、アルバトロスを拒んだ。
「きゃあっ」
「うぐっ……!」
大きく退いたアルバトロスの体からは、黒いモヤが漏れ出ているのが見える。
これまで凶暴化した魔物が纏っていたものと……モーアンの親友・ノクスを豹変させたものと同じ“穢れ”が。
「やっぱりね。どう考えてもアルバが言わない、やらないことだらけだったもの。あなたが“エル”と呼んだ瞬間寒気がしちゃったわ」
「……ク、ククッ、そうか……貴様らは“そういう”関係ではなかったか」
探し求めた恋人が甘い言葉を囁けば容易に騙せるだろう……そんな意図を感じ取ったプリエールが美しい顔を露骨にしかめる。
「うげ、すぐそうやって結びつけるのやめてよね。誰よりアルバが聞いてたら全力で拒否るわよ」
プリエールが“マギカルーンの高嶺の花”と呼ばれる理由は、その美貌ともうひとつ。
魔法士の才能に溢れると同時に魔法バカの変わり者である彼女にとって、いくらでも湧き出てくる魔法の話に嫌な顔ひとつしないどころか、夜明けまで議論を交わすことができるアルバトロスは貴重で、少なくとも大切な存在だ。
「偉大な魔法士を名乗る割に勉強不足ね。どうせ研究ばっかで他人になんか興味ないせいなんでしょうけど。だから型に当てはめた浅いことしかできないのよ……“禁呪の魔法士”さん?」
本物のアルバはもっとずっと魅力的なんだから、と言い放ち、プリエールは腰のバッグから取り出した魔法書を手にした。
端には水場もあり、もしかするとそこから外の海へと繋がっているのかもしれない。
入口と神殿の位置からすれば随分と遠回りをさせられたようだが、それだけここに侵入者を近づけたくないのだろう。
『いよいよかしらね……?』
魔物の気配もなく、重苦しい扉の傍に道しるべのように佇む女神像を前に、ミューがそうこぼす。
石壁に描かれた壁画には、海の生物を率いるように、その王たる生物が女神と向き合っているものがあった。
「あれが“聖獣シュヴィナーレ”なのかなぁ?」
「かすれてよく見えないが、丸くてデカくて……形がよくわからないな」
サニーとシグルスが首を捻るのも無理はない。シュヴィナーレを描いたらしいそれは、そこだけ子供のらくがきのようにぐにゃぐにゃとしていたのだから。
「聖獣の美しさは絵にも描けないほど……だったりして?」
「なるほど、それは面白い考え方だね。ロマンを感じるよ」
扉の向こうでその聖獣の姿を拝むことができるのだろうか。好奇心旺盛な学者と神官の瞳が期待に輝く。
エイミがごくりと息を呑み、扉に手を触れようとしたその時だった。
「エル!」
「!?」
息せき切った男の声が、地下洞窟に響き渡る。
弾かれたように振り向いたプリエールが、驚きに目を見開いた。
そこに現れたのは、やや長く癖のある深い緑の髪に、学者然としたローブ姿の痩せぎすの男。そして何よりプリエールを“エル”と呼ぶのはただ一人。
「えっ……アルバ……?」
「それって前に話してた、プリエールさんが探してたひと、ですか……?」
そんなはずは、と小声で呟いたのはモーアンだった。
アルバ――アルバトロスはプリエールの友人で、南大陸の遺跡に現れた“禁呪の魔法士”に体を奪われ、そのまま行方知れずとなったと、そうプリエールに聞かされたのだから。
そして彼の特徴は、この場ですっかり黙り込んでしまった火精霊ルベインを魔物に変異させた“学者っぽい格好をした緑色の髪の陰気で不健康そうな男”と一致する。
この場の疑念を一身に受けながら、アルバトロスは無遠慮にプリエールに歩み寄る。
「無事だったんだな、エル……良かった。こんなところで会えるなんて」
「……禁呪の魔法士は?」
「どうにか離れることができたよ。もう安心だ。さぁ、帰ろう……愛しのエル」
あまりにも直球すぎる言葉に免疫のない若者たち数人が赤面する。
アルバトロスの手がスッと伸び、プリエールの艷やかな桃花色の髪に長い指を絡めようとした、刹那。
ばちりと、プリエールを守るように光が弾け、アルバトロスを拒んだ。
「きゃあっ」
「うぐっ……!」
大きく退いたアルバトロスの体からは、黒いモヤが漏れ出ているのが見える。
これまで凶暴化した魔物が纏っていたものと……モーアンの親友・ノクスを豹変させたものと同じ“穢れ”が。
「やっぱりね。どう考えてもアルバが言わない、やらないことだらけだったもの。あなたが“エル”と呼んだ瞬間寒気がしちゃったわ」
「……ク、ククッ、そうか……貴様らは“そういう”関係ではなかったか」
探し求めた恋人が甘い言葉を囁けば容易に騙せるだろう……そんな意図を感じ取ったプリエールが美しい顔を露骨にしかめる。
「うげ、すぐそうやって結びつけるのやめてよね。誰よりアルバが聞いてたら全力で拒否るわよ」
プリエールが“マギカルーンの高嶺の花”と呼ばれる理由は、その美貌ともうひとつ。
魔法士の才能に溢れると同時に魔法バカの変わり者である彼女にとって、いくらでも湧き出てくる魔法の話に嫌な顔ひとつしないどころか、夜明けまで議論を交わすことができるアルバトロスは貴重で、少なくとも大切な存在だ。
「偉大な魔法士を名乗る割に勉強不足ね。どうせ研究ばっかで他人になんか興味ないせいなんでしょうけど。だから型に当てはめた浅いことしかできないのよ……“禁呪の魔法士”さん?」
本物のアルバはもっとずっと魅力的なんだから、と言い放ち、プリエールは腰のバッグから取り出した魔法書を手にした。
