29:満月の日まで

『シュヴィナーレ……懐かしい名じゃのう』

 しみじみと呟きながら現れた白い焔は、光精霊ディアマント。
 テーブルの上をふよふよ漂う彼に、プリエールが問いかける。

「確かに、女神様の昔話にはよく出てくる名前だったわ。ヒトだった頃の彼女と心を通わせ、力を貸したって話よね?」
「アマ爺は会ったことがあるのかい?」
『あるにはあるがのう……それこそ千年前、彼女と世界を巡ったほんの一時のことじゃ』
「そっか。それじゃあ今どんな感じかはわからないんだね」

 そもそも聖獣と呼ばれる存在が千年という長い時をそのまま生きていられるのかどうか。

「当時のものかその子孫か……そこまではわからないが、聖獣の存在自体が絶えていないのは確かだ」
「どうしてわかるの?」
「満月の夜、神殿の入口が開く時にそこから聖獣の歌声と思しき音が聴こえてくる。姿を見た者こそいないが、近くを通る船にとっては守り神的存在なんだ」

 守り神といえば、以前行ったディグ村でも地の精霊ガネットが村人たちにそう呼ばれていたこともあった。
 全然知らなかった、とグリングランで育ったフォンドが驚きを口にした。

「エイミは知ってたか?」
「メイル神殿……わたし自身は行ったことはありませんでしたが、その名に覚えがあります」
「そうだろう。神殿を管理しているのは歴代のドラゴニカ王だからな」

 エイミはブリーゼに向き直り、胸元に手をあててしっかりと彼女を見上げる。

「そして、最奥部への鍵はドラゴニカの王族……姉様だけでなく、わたしでもその扉を開けられるんですよね?」
「えっ、それじゃミスベリアの地下通路みたいなもんじゃないの!?」

 サニーが口にしたのは、レーゲン王子が王族の鍵を使って開けた、町から宮殿へ続く地下通路の出入り口のことだ。
 あの時はエイミもその仕掛けに驚いていたのだが……

「す、すみません、話には聞いていたのですが、言われるまですっかり忘れてて……」
『まぁ管理してたのパメラ様だし、私たちドラゴニカを出たことほとんどなかったし。今になってあの神殿に行く必要が出てくるとは思わないわよねぇ』

 王族として恥ずかしい、と顔を覆って赤面するエイミ。
 とはいえこれまでの旅路ではそんなことを思い出す余裕もなかったのだから、仕方のない話だろう。

「それじゃ、満月の夜に西の海岸へ行くとして……それまでは自由行動ね!」

 そうと決まればすぐにでも動きたい、と言わんばかりに立ち上がったプリエールを、モーアンがきょとんと見上げる。

「プリエール、何かやりたいことがあるのかい?」
「あたしはこの中では新参者だもの。谷から戻ってきたばかりだし、まずは精霊さんたちとじっくり話がしたいわ!」

 たんぽぽ色の瞳が好奇心にきらきらと輝いて、頬を紅潮させて。
 きっとこれから彼女は魔法学者として、心ゆくまで精霊たちの研究をするのだろう――あまりの勢いに、ディアマント以外の精霊が若干引いていた。

「よし、んじゃみんなそれぞれやりたいコトやろっか! かいさーん!」
「なんでお前が仕切るんだ……」

 町が襲撃に遭い、魔族が現れ、いろいろな話をして……ひりついていた空気が、ようやく少し緩んだ。
 動き通しだった旅路にあいた、隙間の時間。こうして彼らは、数日後に控えた満月の日まで、それぞれ思い思いに過ごすのであった。
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