28:傀儡の女王と角無し王子
「……結論から言うと、魔族になったわけじゃない」
重い空気の中、シルヴァンは最初にそう口にした。
「あれは相手を従わせるための呪いだ。術者に命を握られる代わりに、力を引き出される。ジャーマの場合はそれで『魔族になった』と思わされているのだろう」
「明らかに強くなっていたのはそのためか……」
ブリーゼが低く、呻く。彼女の強さはエイミもフォンドも知るところで、ドラゴニカの竜騎士の中では最強クラスのものだ。
そしてジャーマに打ち負かされたラファーガも、グリングランの英雄とまで呼ばれた男。それだけの力を手にして、人間を超越した気になってもおかしくない。
「そんな風に手にした力で、本当にそれでいいのかよ、ジャーマ……?」
「フォンド……」
フォンドは純粋に己を磨き、地道に力をつけている。そんな彼の努力を知るエイミたちに、彼のつぶやきは重く響いた。
「……あの、シルヴァン……さん」
「なんだ?」
「その、呪いをかけられた人に……自我は、あるのでしょうか?」
操られ、命を握られているとはいえ、気高い女王であるパメラが友好国を攻撃するだろうか――エイミにはずっとそれが気掛かりだった。
民を守るため、恐らくは自分の命すら捨てる覚悟で、ガルディオの前に立ち塞がっただろうパメラが、望んでそんなことをするとは考えにくい。
半分は縋るように、もう半分は姉への信頼で。おそるおそるエイミは尋ねた。
「場合による」
「場合?」
「逆らう意思があったり、思う通りに動かなかったり、攻撃性が低い人間の場合は心を操り、駒として都合良く変えてしまうだろうが……必要がなければそのまま残っている」
思い通りに操るなら、完全に心を奪ってしまった方が良いのではないだろうか。
そんな疑問がエイミたちの顔に出ていたのだろうか、シルヴァンの言葉はさらに続く。
「理由の半分は、心まで操るのはそれなりに使用者に負担がかかるからだ。回復しきっていない今のガルディオなら、不都合がなければ尚更選ばないだろう」
「……もう半分は?」
「ガルディオの気質は君も見ただろう? 敢えて自我を残して、自由を奪われ苦しむ者を弄んで楽しんでいるんだ」
「――ッ!」
瞬間、日頃心優しくおっとりした少女からは想像もつかないような怒りの炎が、心の奥底から激しく燃え上がった。
音がするほど強く握った拳。瞳に宿した激情は、それだけで触れた者を焦がしてしまいそうなほどに。
「……外道が」
フォンドもまた、憤りに声を震わせていた。
ぎり、と歯を食い縛るのは、今はその“外道”にどうやっても手が届かないことへの歯がゆさゆえか。
と、そんなふたりの顔の前をわざと通るように飛び、ミューがシルヴァンの眼前へと移動した。
『ねぇ、アナタどうしてそんなコト教えてくれるの? 魔族で、しかもガルディオの弟なんでしょ?』
突然現れた、敵対意思のない魔族。そんなものを信用して良いものだろうかと小さな竜は整った顔立ちの青年を睨む。
「いくらでも疑ってくれて構わない。すぐには信用できないことくらいわかっている」
ふ、と睫毛を伏せると、煌めく銀色の瞳に影が落ちる。
しばしの間を置いて、シルヴァンはエイミたちをキッと見据えた。
「改めて、私の名はシルヴァン。魔界の王ガルディオの弟ではあるが“ツノ無しの臆病者”と揶揄される、名ばかりの王子だ」
臆病者などという呼び名に反して、凛と通る声は揺らぎなく。
ツノがないせいでほとんど人間と変わらない見た目とはいえ、万が一にも正体がバレたら危険であろう世界に単身でやってきたことからも、彼の覚悟は相当なものだろう。
「人間界に来た目的はひとつ。父上を手にかけ、魔界を危機に晒したガルディオを倒し、衰退しつつある魔界の未来を守ること」
「魔界の、未来……」
精霊との繋がりが切れ、滅びの道を辿る大地――エイミたちにとって今まで漠然と“敵”であった魔界が、初めてその輪郭線をあらわした。
重い空気の中、シルヴァンは最初にそう口にした。
「あれは相手を従わせるための呪いだ。術者に命を握られる代わりに、力を引き出される。ジャーマの場合はそれで『魔族になった』と思わされているのだろう」
「明らかに強くなっていたのはそのためか……」
ブリーゼが低く、呻く。彼女の強さはエイミもフォンドも知るところで、ドラゴニカの竜騎士の中では最強クラスのものだ。
そしてジャーマに打ち負かされたラファーガも、グリングランの英雄とまで呼ばれた男。それだけの力を手にして、人間を超越した気になってもおかしくない。
「そんな風に手にした力で、本当にそれでいいのかよ、ジャーマ……?」
「フォンド……」
フォンドは純粋に己を磨き、地道に力をつけている。そんな彼の努力を知るエイミたちに、彼のつぶやきは重く響いた。
「……あの、シルヴァン……さん」
「なんだ?」
「その、呪いをかけられた人に……自我は、あるのでしょうか?」
操られ、命を握られているとはいえ、気高い女王であるパメラが友好国を攻撃するだろうか――エイミにはずっとそれが気掛かりだった。
民を守るため、恐らくは自分の命すら捨てる覚悟で、ガルディオの前に立ち塞がっただろうパメラが、望んでそんなことをするとは考えにくい。
半分は縋るように、もう半分は姉への信頼で。おそるおそるエイミは尋ねた。
「場合による」
「場合?」
「逆らう意思があったり、思う通りに動かなかったり、攻撃性が低い人間の場合は心を操り、駒として都合良く変えてしまうだろうが……必要がなければそのまま残っている」
思い通りに操るなら、完全に心を奪ってしまった方が良いのではないだろうか。
そんな疑問がエイミたちの顔に出ていたのだろうか、シルヴァンの言葉はさらに続く。
「理由の半分は、心まで操るのはそれなりに使用者に負担がかかるからだ。回復しきっていない今のガルディオなら、不都合がなければ尚更選ばないだろう」
「……もう半分は?」
「ガルディオの気質は君も見ただろう? 敢えて自我を残して、自由を奪われ苦しむ者を弄んで楽しんでいるんだ」
「――ッ!」
瞬間、日頃心優しくおっとりした少女からは想像もつかないような怒りの炎が、心の奥底から激しく燃え上がった。
音がするほど強く握った拳。瞳に宿した激情は、それだけで触れた者を焦がしてしまいそうなほどに。
「……外道が」
フォンドもまた、憤りに声を震わせていた。
ぎり、と歯を食い縛るのは、今はその“外道”にどうやっても手が届かないことへの歯がゆさゆえか。
と、そんなふたりの顔の前をわざと通るように飛び、ミューがシルヴァンの眼前へと移動した。
『ねぇ、アナタどうしてそんなコト教えてくれるの? 魔族で、しかもガルディオの弟なんでしょ?』
突然現れた、敵対意思のない魔族。そんなものを信用して良いものだろうかと小さな竜は整った顔立ちの青年を睨む。
「いくらでも疑ってくれて構わない。すぐには信用できないことくらいわかっている」
ふ、と睫毛を伏せると、煌めく銀色の瞳に影が落ちる。
しばしの間を置いて、シルヴァンはエイミたちをキッと見据えた。
「改めて、私の名はシルヴァン。魔界の王ガルディオの弟ではあるが“ツノ無しの臆病者”と揶揄される、名ばかりの王子だ」
臆病者などという呼び名に反して、凛と通る声は揺らぎなく。
ツノがないせいでほとんど人間と変わらない見た目とはいえ、万が一にも正体がバレたら危険であろう世界に単身でやってきたことからも、彼の覚悟は相当なものだろう。
「人間界に来た目的はひとつ。父上を手にかけ、魔界を危機に晒したガルディオを倒し、衰退しつつある魔界の未来を守ること」
「魔界の、未来……」
精霊との繋がりが切れ、滅びの道を辿る大地――エイミたちにとって今まで漠然と“敵”であった魔界が、初めてその輪郭線をあらわした。
