28:傀儡の女王と角無し王子
エイミとミュー、フォンドを除く仲間たちは、壊されたグリングランの町や傷ついた人々のため、それぞれができることをしようと動いた。
竜騎士の詰所でシルヴァンと共に残ったエイミたちとブリーゼは、混乱を招かぬよう人払いをして彼の話を聞くことに。
「……魔族にも、いろいろな人がいるんですね」
会議所のテーブルにて。騒ぐ心を落ち着けたエイミは、ぽつりとそう口にする。
事前に当時を知る精霊から穏健派の魔族の存在を聞かされていたが、彼女の故郷を奪った男の弟がこうして穏やかに同じ部屋の空気を吸っている状況は、さすがのエイミも受け入れるのに時間を要した。
「もともと過激派は数がそう多くない。千年前の件で、人間界にあまり良い印象を抱いていない者はいるが」
「え?」
「魔界は女神に封じ込められてこの世界との繋がりを断たれ、精霊の恩恵を失ってゆるやかに枯れつつある。それに対して、人間界はあまりにも豊かだ」
ぐ、と二人が息を呑む。
発端はごく一部の者による暴走……これを魔界全体の自業自得と呼ぶのは、酷な話だろう。
切り離された魔界の民からすれば、本来自分たちの大地にも行き渡るはずだった恵みを受け、何も知らず不自由なく暮らす人間界の人々はどう映るだろうか。
「だからってよぉ、」
「そう。だからといって、ガルディオのように力で奪い取るやり方はダメだ。そうすればこの人間界が次の魔界になる……互いの世界がひっくり返り、争いの歴史が繰り返されるだけだ」
言葉を失ったふたりの前に、光と風の精霊がゆらりと姿を現す。
『千年前のあの時は、それぞれの脅威を封じることが精一杯じゃった……ガルディオの力は、それだけ強大だったのじゃよ』
『魔界から押し寄せる魔族や魔物、それらをまとめて切り離し、どうにか人間界を守ったのだ』
世界を救ったとされるレレニティアにも、あの状況で魔界を思い遣る余裕はなかった。精霊たちはそう語る。
「それじゃあ、その場しのぎじゃねえか……」
「だが、そうでもしなければこの世界は滅ぼされていた。あの時のガルディオは、それだけの力を手にしていたんだ」
事実、人間界はそのお陰で千年もの間平和を維持することができた。他にどうしようもない状況で、当時の最善の手だったのだろう。
ふと、エイミにはシルヴァンの言葉の一部が引っ掛かった。
「あの時の……? 今は違うんですか?」
「まだガルディオ本人がほとんど力を見せていないだろう? 封印が残っていて、制限されているんだ」
『だからあの時も、従えた竜をみんな動かしたりはしなかったのね』
城を奪われたあの時、悠々と見下ろしていたガルディオは、余裕ぶって見せかけていただけ。
かといって、あの時のエイミたちがそんなガルディオに勝てたかといえば――なんともいえない悔しさがこみ上げる。
「加えてパメラとの戦いで手傷を負っている。癒えるまでは大人しくしているはずだ」
「姉様……」
「凄いひとだよ、君の姉上は。今もこうして、猶予を作ってくれている」
シルヴァンの言葉が、じわ、とエイミの胸に染み込んだ。
姉の戦いは無駄ではなかった。彼女はちゃんと、ドラゴニカの民を守ったのである。
「なぁ、シルヴァン。あの紋様は何なんだ? オレの家族のジャーマって奴も似たような紋様が体のあちこちに出て、おかしくなっちまってた」
「ジャーマ? ああ、あの青年か……」
フォンドとは兄弟同然に育った青年、ジャーマ。一年ほど前に家を飛び出した彼は、変わり果てた姿と圧倒的な力をもってこのグリングランを襲撃した。
パメラとも面識がある様子のシルヴァンは、そんなジャーマのことも知っているようだった。
「アイツは『魔族になった』って言ってた。それがもし本当なら……」
「……」
走る緊張に身を固くするエイミ。
心優しく気高い姉は、憎むべき魔族に変えられてしまったのだろうか……じっと、シルヴァンの返答を待った。
竜騎士の詰所でシルヴァンと共に残ったエイミたちとブリーゼは、混乱を招かぬよう人払いをして彼の話を聞くことに。
「……魔族にも、いろいろな人がいるんですね」
会議所のテーブルにて。騒ぐ心を落ち着けたエイミは、ぽつりとそう口にする。
事前に当時を知る精霊から穏健派の魔族の存在を聞かされていたが、彼女の故郷を奪った男の弟がこうして穏やかに同じ部屋の空気を吸っている状況は、さすがのエイミも受け入れるのに時間を要した。
「もともと過激派は数がそう多くない。千年前の件で、人間界にあまり良い印象を抱いていない者はいるが」
「え?」
「魔界は女神に封じ込められてこの世界との繋がりを断たれ、精霊の恩恵を失ってゆるやかに枯れつつある。それに対して、人間界はあまりにも豊かだ」
ぐ、と二人が息を呑む。
発端はごく一部の者による暴走……これを魔界全体の自業自得と呼ぶのは、酷な話だろう。
切り離された魔界の民からすれば、本来自分たちの大地にも行き渡るはずだった恵みを受け、何も知らず不自由なく暮らす人間界の人々はどう映るだろうか。
「だからってよぉ、」
「そう。だからといって、ガルディオのように力で奪い取るやり方はダメだ。そうすればこの人間界が次の魔界になる……互いの世界がひっくり返り、争いの歴史が繰り返されるだけだ」
言葉を失ったふたりの前に、光と風の精霊がゆらりと姿を現す。
『千年前のあの時は、それぞれの脅威を封じることが精一杯じゃった……ガルディオの力は、それだけ強大だったのじゃよ』
『魔界から押し寄せる魔族や魔物、それらをまとめて切り離し、どうにか人間界を守ったのだ』
世界を救ったとされるレレニティアにも、あの状況で魔界を思い遣る余裕はなかった。精霊たちはそう語る。
「それじゃあ、その場しのぎじゃねえか……」
「だが、そうでもしなければこの世界は滅ぼされていた。あの時のガルディオは、それだけの力を手にしていたんだ」
事実、人間界はそのお陰で千年もの間平和を維持することができた。他にどうしようもない状況で、当時の最善の手だったのだろう。
ふと、エイミにはシルヴァンの言葉の一部が引っ掛かった。
「あの時の……? 今は違うんですか?」
「まだガルディオ本人がほとんど力を見せていないだろう? 封印が残っていて、制限されているんだ」
『だからあの時も、従えた竜をみんな動かしたりはしなかったのね』
城を奪われたあの時、悠々と見下ろしていたガルディオは、余裕ぶって見せかけていただけ。
かといって、あの時のエイミたちがそんなガルディオに勝てたかといえば――なんともいえない悔しさがこみ上げる。
「加えてパメラとの戦いで手傷を負っている。癒えるまでは大人しくしているはずだ」
「姉様……」
「凄いひとだよ、君の姉上は。今もこうして、猶予を作ってくれている」
シルヴァンの言葉が、じわ、とエイミの胸に染み込んだ。
姉の戦いは無駄ではなかった。彼女はちゃんと、ドラゴニカの民を守ったのである。
「なぁ、シルヴァン。あの紋様は何なんだ? オレの家族のジャーマって奴も似たような紋様が体のあちこちに出て、おかしくなっちまってた」
「ジャーマ? ああ、あの青年か……」
フォンドとは兄弟同然に育った青年、ジャーマ。一年ほど前に家を飛び出した彼は、変わり果てた姿と圧倒的な力をもってこのグリングランを襲撃した。
パメラとも面識がある様子のシルヴァンは、そんなジャーマのことも知っているようだった。
「アイツは『魔族になった』って言ってた。それがもし本当なら……」
「……」
走る緊張に身を固くするエイミ。
心優しく気高い姉は、憎むべき魔族に変えられてしまったのだろうか……じっと、シルヴァンの返答を待った。
